音楽批評サイトとして評価の高いPitchfork(ピッチフォーク)。その辛口批評やライターの趣味には偏りがあるものの、オルタナロック系リスナーからは絶大な信頼があり、ピッチフォークのスコアが何点かを表記して、シングルやアルバムを宣伝することが常識となっています。
そのピッチフォークに、90年代ベストハウストラック30選という特設ページがあるので、何が選ばれているか、ご紹介します。
選者のひとりはPhilip Sherburne(フィリップ・シャーバーン)さん、アメリカORポートランド出身、バルセロナ、ベルリンと移住し、現在はスペインのメノルカ島に在住。Spin誌やResident Advisor、The Wire、The New York Timesなどに執筆されている音楽ジャーナリスト兼DJの方です。
もうひとりはBen Cardew(ベン・カーデュウ)さん、イギリス出身。マンチェスター大学を出た後、音楽ジャーナリストとして90年代より執筆を開始。現在はスペインのバルセロナ在住。Pitchfork、The Guardian、NME、DJ Magなどに執筆。Daft Punkの本を出版されています。
それでは以下、ピッチフォークによるハウス30選です。
- 2022年10月13日にアップされた記事です。
- アーティスト名のABC順です。ランキングではありません。
- 「オールジャンル90年代ベストソング250」との連動企画により、別のライターさんが書いている文章があります。
- テクストは抜粋・編集しているので、全文は原文でご確認ください。

Barbara Tucker – Beautiful People(Underground Network Mix)(1994)
「ディスコ界のレジェンド、Gamble and Huff(ギャンブル&ハフ)の流れを汲むソングライティングと、90年代ハウスの先端技術を融合させた作品」と解説されています。
ギャンブル&ハフは、ハウス関連ではディスコ・クラシックのThe Ojay’s(オージェイズ)「I Love Music(アイ・ラブ・ミュージック)」、MFSB「Love Is The Message(ラブ・イズ・ザ・メッセ―ジ)」が有名な、フィリーソウルの作曲コンビ。
Basement Jaxx – Fly Life(1996)
「容赦ないスタブと、言葉のないメリスマをサイケデリックなスパイラルで引き延ばす、鳥肌が立つようなヴォーカルラインが、他の曲とは一線を画している」との評です。
えっ?このヴォーカル、メリスマって言いますか??
Blaze – Lovelee Dae(1996)
「ソウルフルなブレイズにしては、コードが極端に少ない異色の曲。
ただしその数少ないコードに、ありとあらゆるフィルターがかけられ、ストリングス、フェンダーローズ、シンセサイザーの合間に溶け込み、水銀のように揺れ動き、オパールのようにきらめく。スティーブ・ライヒを超えるパルスのマトリックスがすばらしい」とのことです。
この曲はアメリカよりも、ヨーロッパでヒットし、特にイギリスとドイツで何回も再販になっているのですが、その解説もしてあります。
当サイトの「ハウスの名曲20選」では、ブレイズは「So Special」を選んでいます。
人気があるとか、誰でも知っているということならソー・スペシャルを選ぶので、フィリップさんの場合は「エクスペリメンタルなことをやっている」「コンフォートゾーンから抜け出す」といった方に重点を置いて見ていることがわかります。
Cajmere ft. Dajae – Brighter Days(1992)
「シカゴ出身のシンガー、ダジャエは、軽快なドラムとオルガンのスタブに乗せて、シンプルな言葉で高揚感を与えてくれる。ハウス・ミュージックが生み出した楽曲の中で、もっとも無邪気な曲」とのこと。
Daft Punk – Around the World(1997)
「都市の脱工業化という大きな社会力学と密接に結びついているという、シカゴハウスやデトロイト・テクノのアーティストの意識を、ダフトパンクは受け継いでいる。
DJたちは自分を音楽の作者ではなく、音楽を伝える媒体と見なしていた。それゆえダフトパンクは匿名のロボットのような恰好で、正体を隠していたのだ」とのこと。
ハウスのDJが30枚選べと言われたら、ダフトパンクはまず選ばないので、これはピッチフォークらしいチョイス。
DJ Sneak – You Can’t Hide From Your Bud(1997)
「このトラックは、テディ・ペンダーグラスの“You Can’t Hide From Yourself”を1小節ループさせ、狂気の域までフィルターをかけただけのもの」だそうです。
そんなこと言ったら、スネークは全部一発サンプリング芸なんですけど。
Everything But the Girl – Missing(Todd Terry Remix)(1995)
「いつものアコースティックな伴奏から解放された歌声は、トッド・テリーの疾走するループに映えて、霧や雨のように広がり、言葉は静かな内省から実存的な切望へとスケールアップしていく。それは大海原を埋め尽くす、深い喪失感(ミッシング)だ。」との評。
ヴォーカルものをほとんどやっていなかったテリー大先生にミックスをお願いするE.B.T.G.の度胸が恐ろしいですが、これがなぜかバッチリとハマって大ヒットしたという、奇跡の一曲。
Gemini – Day Dreaming(1997)
キャリアの絶頂期に突如姿を消し、そのミステリアスな失踪に噂やゴシップが飛び交うなか、「10年前、ある記者が彼を探し当てた時、彼はホームレスで、明らかに精神疾患に苦しんでいた。」という話の結論として、
「Gemini自身の人生には、悲劇的な影が付きまとっているにもかかわらず、“Day Dreaming”では、存在の神秘を最も優しく、至福の言葉で表現している」とフィリップさんは締めています。
これが真実なのかわかりませんが、そんなこんなでGeminiさんの過去作品への再評価が高まり、若い世代を中心に人気が再燃しているとのことです。
Isolée – Beau Mot Plage(1998)
「この曲はソウルを超えて、サウンドデザインを重視したマイクロハウスを、メインストリーム、あるいは、少なくともビッグルームへと押し上げた」との評。
マイクロハウスというのは、著者のフィリップさん自身が名付けたハウスのサブジャンル名です。
非常に短いサンプル(マイクロ・サンプル)を用い、あとはクリック音など電子音を入れ、リズム、ソウル、静寂という「三重のエッセンス」に焦点を当てた、削ぎ落とされたプロダクションが特長とのこと。
要は90年代末にドイツで、この曲のようなミニマルかつ繊細なのに、壮大なスケール感のあるハウスを作っていた人たちがいて、それが今のテックハウスの源流にあるという話のようです。
Kenny Bobien – U Gave Me Love(1999)
「ブラックの創造性、ユートピア的な解放、そして精神的な高揚という共通の歴史を持つゴスペルとハウスは、まさに天性の絆で結ばれた存在。
フィルターをかけたディスコ・サウンド、陽気なピアノ、そして力強いビートに乗せ、ボビアンは圧倒的な熱量で歌い上げ、信者もそうでない人も、歓喜の涙を誘います」との評です。
ゴスペル文脈で言うなら「Why We Sing」のChurch Mixに軍配が上がりますし、ファルセット文脈で言うなら、バイロン・スティンギリーを差し置いて、ケニー・ボビアンってどうよ?
Masters at Work – The Ha Dance(1991)
「映画『トレジャー・ストライク』でエディ・マーフィとダン・エイクロイドが歌う“ブーべェレ、ブーべェレ、ブーべェレ、ハ!”というフレーズをフックに採用し、4拍ごとに金属的なクラッシュ音でアクセントをつけた。
この曲が本格的に人気を博したのはボールルームダンスのシーン。軽快なリフとパーカッシブなアクセントは、ヴォーギングの芸術的で華麗なダンスムーブメントにぴったりだったのだ」とのことです。
当時ボールルームダンサーの間で大人気で、これをサンプリングしたダンス用トラックが400以上あるそうです。MAWのベストトラックと言っても、DJが100人いれば全員かなり違う曲を挙げて票がバラける気がしますが、これを選ぶ人は少ないのでは。
Matthew Herbert / Dani Siciliano – Going Round(1997)
「家庭をテーマにした曲で、この時代のミニマルハウスの最高峰を象徴する傑作。
ハーバートのピックアップ・スティックのようなガチャガチャとしたビートに乗せて、シシリアーノは、コミュニケーションが取れないカップルのめまいを、悲しみ、怒り、そして諦めが不安定に混ざり合ったメランコリックなリフレインへと昇華させている。」と絶賛されています。
「ハーバートはアルバムの多くの音をカトラリーやキッチン家電などからサンプリングしている」のだそうです。別な意味で宅録。
ピックアップ・スティックって何のことかわからなかったのですが、↓コレでした。
GeminiだのHerbertだのコアなところをついてきますが、ふたりともDerrick Carter(デリック・カーター)が発掘した人です。
曲のクオリティは非常に高く、Geminiは友人のSneakやCajmereが、HerbertはAndrew Weatherall(アンドリュー・ウェザーオール)やGilles Peterson(ジャイルス・ピーターソン)がかけていましたが、それ以外はクラブでほとんどかかりませんでした。いわゆる玄人ウケするタイプで、いかにもピッチフォークらしいチョイス。
ちなみにデリック・カーターがRemixしたTortoiseは、ピッチフォークが昔からずっと応援してきたバンドです。他にもAphex TwinやFKA Twigsなど、実験系エレクトロは激推し。
Moodymann – Shades of Jae(1999)
「サンプリングされているボブ・ジェームスのキーボードのラインと、マーヴィン・ゲイ“Come Get to This”のライブバージョンが、煙のように漂い、ある時は束の間、ある時は密接に絡み合うが、同じ形で二度現れることは稀である。
この焦らしの要素はビートとも共通している。ハウスミュージックにおいてダンスの合図となるキックドラムは、ムーディマンの気分が良い時にだけ鳴る」とのこと。
いまやトラップやグライムはキックレスの世界に突入していますので、ムーディマンがそれを30年前に先取りしていた、ということかもしれません。
Nightcrawlers – Push the Feeling On(MK Dub of Doom)(1992)
「90年代ハウス・リミックスの中でも最も重要な作品。
Robin S.“Show Me Love”のKorg M1オルガンサウンドを先取り、カットアップのヴォーカルスタイル、ポップなフックの連発は、後のUKガラージがほぼ全員模倣すると共に、ピットブルからイギリスのラッパーAJトレイシーまで、あらゆるアーティストにサンプリングされている」とのこと。
さてここまで、いかがでしょうか。
ピッチフォークは毎日更新で新譜を紹介していますが、そこにはハウスのハの字もございません。ハウス・テクノ・EDMはほぼ無視で、この世にそんな音楽ジャンルが存在しないかのごとく華麗にスルーしているメディアです。
ライターが気に入ったアーティストだけを称賛する凝り固まった偏重主義を、1996年のスタート時から続けていて、ハウス系で載るのはDaft PunkやFour Tetなどほんのひと握り。そういった音をEDMではなくIDM(Intelligent Dance Music)と呼んでいます。
この特集は、オールジャンル90年代の名曲250を選んだ際に、ハウスの曲が結構あったので、特別にハウスだけ抜き出し、前述のふたりが30選に編集し直したもの。
選曲内容としては、当時売れたとか、有名なDJのお気に入り曲だったということよりも、DJではなくジャーナリスト目線で、楽曲としての完成度や、後世や他ジャンルに影響を与えた度合で選んでいる傾向があります。
普段このようなクリティカルな場に立たされることの少ないハウスですが、つっこみどころ満載の、しかしなかなか興味深いセレクトと評論ではないでしょうか。では残り半分は以下です。

Pépé Bradock – Deep Burnt(1999)
「フレディ・ハバードのメロウ・ジャズナンバーから引用したストリングス・ループに乗せて、マックス・ローチからサンプリングしたタンバリンと、心臓の鼓動のような力強いキックドラムが、この曲を力強く進めていく。
9分強の間、様々なメロディー・テーマを奏でながらも、その薄暗い色調と耳に残る催眠的なグルーヴは、デトロイトからベルリンまで、DJの定番アイテムとなった」と評されています。
これは名曲ですが、同じような名作インストなら、B.S.O.「New Jersey Deep」やCarl Craig「Throw」など、いくらでも出せます。
Romanthony – The Wanderer(1993)
「ダフトパンクが“ワン・モア・タイム”でロマンソニーをヴォーカルに起用した際、彼らは彼の声質を際立たせ、オートチューンで表現した。
しかし彼は、自身のヴォーカルスペクトルの真逆の領域を探求していた。孤独と疎外感を描いたこの曲を高音域で歌いながらも、胸の奥底で“君を放浪者にするのはシステムだ”と呟くリフレインが、この曲を催眠術的なまでに魅惑的にしている」ということです。
同じ人だったのを知りませんでした。
Ron Trent / Chez Damier – Morning Factory(1995)
「ジュニア・ヴァスケスとフランキー・ナックルズがプレイするサウンド・ファクトリーをNYまで聴きに行き、その音に衝撃を受け、ケリー・チャンドラーの“Atmosphere”のコピーをカットアップしながら、あの体験を自分たちのトラックに落とし込みたかった、と語るロン・トレント。
ディープハウスの金字塔とも言えるこのトラックは、数え切れないほどのレコードと、ダンスフロアに数え切れないほどの至福の瞬間を生み出した」とのこと。
ロン・トレントがレッドブル・ミュージック・アカデミーでこの話をして、それをフィリップさんが直接聞いていて、この曲のチョイスになったようです。2人共作のうち、この曲が有名とか、特別売れたわけでもありません。金字塔?
Round Two – New Day(1995)
「90年代初頭から様々なテクノの新たな潮流を生み出した彼らが、90年代中盤、Round OneからRound Fiveへと続く名義を使い分け、空間感覚と緻密なプロダクションスキルを、ディープハウスへと昇華させた」という評です。
Round Twoはドイツの2人組だそうです。テクノもチェックしていた方ならご存知なのかもしれません。
Roy Davis Jr. – Gabriel(Live Garage Mix)ft. Peven Everett(1996)
「この曲の3つのミックスはディープ・ハウスだが、“Live Garage Mix”のスキップするスネアと、深く潜りこむワープ・ベースラインは、当時UKで急成長を遂げつつあったスピード・ガラージ・ムーブメントに完璧にマッチしていた。
たまたまガラージと名付けただけで、“当時はスピード・ガラージって何だか全然知らなかった”とデイヴィスは後に認めている。しかしこの曲はイギリスの海賊ラジオで人気を博し、コンピレーションに別ミックスが収録され、その伝説は確固たるものになった」だそうです。
スピード・ガラージのブルー・プリントとしては、Hardrive、Armand Van Helden、Todd Terryが挙げられることが多いのですが、このロイ・デイヴィス・ジュニアの「車庫の隣のスタジオで作ったからガラージMixと名付けた」というアクシデンタルな逸話も有名。
Soho – Hot Music(1990)
「NYのレコード店Vinylmaniaの店員だった彼は、80年代後半にプロデューサーに転身、1990年にはラップとハウスの両方で、アース・ピープルやパル・ジョーイといった名義で名曲を次々と生み出した。
ウィントン・マルサリスの軽やかな断片を、実務的なキックドラムのパターンに乗せて再構成した“ホット・ミュージック”は、不穏な雰囲気を漂わせるほどに不均衡なサウンドが特徴的で、プレイするとフロアが大混乱に陥り、それは今でも変わらない」とのこと。
パル・ジョーイってずっと本名だと思っていました。本名はジョセフ・ロンゴだそうです。
St. Germain – Alabama Blues(Todd Edwards Dub Mix)(1995)
「エドワーズは数百ものマイクロサンプルを用いて、軽快なリズムと幾何学模様のモザイク模様が織りなす、彼独自のサウンドを生み出した。そのサウンドは、前衛的であると同時に魅惑的でもある。
過激なコード進行、完璧にスウィングするビート、そしてフック満載のプロダクションは、ポップでありながら、従来の慣習に反抗する姿勢を持ち合わせている」という評。
この、ヴォーカルを「スライス&ダイス」するトッド・エドワーズ方式が、UKガラージに直接影響した、とのことです。2ステップやグライムも、よくこんな感じの切り刻み方をされています。2025年はUKガラージ&2ステップがリバイバルの年で、トッド・エドワーズも人気復活。
Stardust – Music Sounds Better With You(1998)
「3人がスターダストとして結成し、チャカ・カーンの“Fate”から数秒を切り取った時、彼らはダンスミュージック史に名を刻むことになった。
この曲の惜しみない至福は、ダフトパンクへと移行する基盤を築き、数十年後には、タイトでフィルターを通した喜びのひとかけらという表現は、ポップミュージックの共通言語となっている」とのこと。
30曲のうち、ダフトパンクが2曲も入っているのは不公平ですが、ダフトパンク研究の第一人者が書いていますので仕方ありません。
Theo Parrish – Smile(1997)
「デトロイト出身のセオ・パリッシュは、この街が生んだ最もディープでソウルフルなハウストラックの数々を生み出してきた。
よろめくドラムビートはディープハウスであると同時にブーンバップでもあり、スネアはビートからわずかに外れてつまずく。「スマイル」とはかけ離れたヴォーカルサンプルの苦悩に満ちたリフレインの響きは、まさにブルーズの真髄を表現している」とのこと。
Ultra Naté – Free(1997)
「彼女は“クラブで通用するロックソングが欲しかった”といい、R.E.M.の“Losing My Religion”のようなサウンドを制作するようプロデューサーに依頼した。
レコードには Mood II Swingの名前は記載されていないが、真のハウスファンなら、この曲のグルーヴと躍動感あふれるベースラインに彼らの特徴を見出したことだろう。最終的に、彼らはロックソングよりもはるかに個性的な楽曲を生み出した」との評です。
ルージング・マイ・レリジョンより偉大な曲がハウスで作れるなら、カート・コバーンは死んでないと思うんですけれど。と、冗談はさて置き、つい最近、Hugel(ユーゲル)さんがこの曲のアフロテックver.を出していました。
以下6曲は、当サイト「歴史的ハウスミュージックの名曲・名盤20曲」と一緒なので、説明は省きます。あとNightcrawlersとUltra Nateも被っています。30選のうち22曲、違う曲が選ばれていました。
- CeCe Peniston – Finally(1992)
- Crystal Waters – Gypsy Woman(She’s Homeless)(1991)
- Frankie Knuckles「The Whistle Song」(1991)
- Kerri Chandler – Rain(1998)
- Norma Jean Bell「I’m the Baddest Bitch(In the Room)」(Moodymann Mix)(1996)
- Robin S. – Show Me Love(1993)
以上、ピッチフォークの90年代ハウス30選でした。
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