B.O.P.(Brothers of Peace)
90年代のニュージャージー・サウンドを代表するプロデューサー・ユニット、B.O.P.(Brothers of Peace/ブラザーズ・オブ・ピース)。
ハドソン・リバーを超えてマンハッタンに届いたソウルフルな歌声は、的確なプロダクション・スキルと、クリスチャニティに根差し神の声を届けるヴォーカリストたちとのコラボが生み出した、アメリカ産ハウス最高地点のひとつ。
ヴォーカル・ハウスを聴くなら避けては通れないこの名前、実はどんな人がやっているのかあまり知られていない2人組を紹介します。
メンバーの一人はPaul Scott(ポール・スコット/上記写真の人)。60年代後半、ニュージャージー生まれ。
幼い時から音楽的才能に恵まれ、特に音楽教育を受けていないものの学生時代からドラム、オルガン、ギター、ベースと数種類の楽器を弾きこなし、数種のバンドに在籍、スタジオミュージシャンとして活躍。その後、DJ活動をスタート。
1985年には、初のソロ12inchをリリース。
Paul Scott – Off The Wall(1985)
1988年、地元クラブSensationsにてレジデントDJ、またSensations Studiosにてフルタイム・エンジニアの職を得ます。
Jomanda – Make My Body Rock(1988)
この頃、DJ Punch Phillips(パンチ・フィリップス)の紹介で、もう一人のメンバーBryan “Shank” Thompson(ブライアン・シャンク・トンプソン/写真なし)と出会います。
ブライアンは、家族全員が音楽好きのにぎやかな一家に生まれます。10代の頃からターンテーブルを操り、DJデビュー。DJ Punch PhillipsとP&S ProductionsというハウスDJユニットを組み、エセックス郡のすべての高校でローラースケートパーティーとダンスコンテストを開催。
このユニットによるパーティが、ニューアークのクラブZanzibar(ザンジバル)でも開催されるうち、ブライアンはReel-to-Reel テープ編集にも興味を持ち、スタジオ作業を経験するうち、有名アーティストのプロデュースを手がけるようになります。
Adeva – Warning(1989)
Shank – Jazz Traxx(Bottom Line Radio Mix)(1990)
ポールはP&SのふたりをSensations Studiosに招き、HMJの「Hyped」のミックスを依頼。この曲が好評だったため、ポールとブライアンのふたりによるプロデュース・ユニットを結成。
ふたりが憎しみ、戦争、破壊に満ちた世界から逃れ、愛、平和、癒しの歌をダンスフロアに広めるためのグループ「Brothers of Peace」を名乗り、初リリースしたのは1991年。
B.O.P. – Come On, Move With The Beat(1991)
キックはBPM118のゆっくりとした四つ打ちながら、当時チャートを席巻していたTeddy Riiley(テディ・ライリー)に代表されるNew Jack Swingに近いスネアのリズム。
このソウルフルでありながら、R&BとN.J.Sのレイドバックしたフィーリングがハウスに加わった、シカゴでもNYでもない「ジャージー・サウンド」が、Tony Humphries(トニー・ハンフリーズ)のザンジバルと共に、ニュージャージーを代表する音となっていきます。
B.O.P. – Joy And Happiness(1991)
この女性ヴォーカル・ハウスが初期代表作。キックの打ち方、ピアノやストリングスの入れ方に、まだ80年代らしいディスコ/ガラージのテイストが残っています。1992年にはMoon RoofとAce Beatsと協力し、自らのレーベル「B.O.P. Records」を設立。
Chocolette – Get Your Act Together(BOP Til You Drop Mix)(1992)
数枚リリースを続けるうち、当時最も勢いのあったStrictly Rhythmからの契約をゲット。
B.O.P. feat. Earl Bennett – Alright(BOP Journey Remix)(1993)
こちらはStrictlyのシグネチャーでもある、当時流行の強いキックを入れたNYスタイル。翌年には、このAlrightも含めて、6名のアーティストやシンガーとコラボしたトラックを集めた『The Underground E.P.』をリリース。
この頃のA&Rは、Strictly共同ファウンダーでもあるGladys Pizarro(グラディス・ピサロ)で、彼女はこういった企画を得意としていました。
NYアンダーグラウンドでも認められつつあった1995年、ニュージャージー・サウンドの歴史を永遠に変える運命の出会いが訪れます。同じニュージャージー出身であり、教会で神への賛美を歌ってきたクリスチャンのファルセット・ヴォーカリスト、ケニー・ボビアン(Kenny Bobien)との邂逅。
ゴスペルの持つ多幸感を最大限に引き出すメロディと歌声に、B.O.P.のふたりは感動し、そのデビュー曲をプロデュース。
B.O.P. presents Kenny Bobien – Stand Up (B.O.P. Anthem mix)(1996)
当時ケニーの妻だったSu Su Bobien(本名Suzette Montgomery/シュゼッテ・モンゴメリー) がバッキング・コーラスに参加。
70年代Motownや80年代Atranticのソウル黄金期を踏襲した、メジャーラジオに通用するバランスの良いプロダクションに、ピアノやハモンドオルガン、フェンダー・ローズなど教会音楽を連想させる楽器によるメジャー・コードの重なり。
そして荘厳なコーラス、高揚感を煽るフック、キックの連打がフロアを激しく揺らすブリッジ、そして混成コーラス隊による圧巻の合唱パートなどドラマティックでスピリチュアルな展開をする、ジャージー・ゴスペル・ハウスの金字塔。
この12inchは、クラブShelterのオーナーでもあるFreddy Sanon(フレディ・シャノン)設立のShelter Recordsからリリースされ、Timmy Resisford(ティミー・レジスフォード)がヘヴィプレイし、同年Shelterのアンセムとなると共に、イギリスでもSlip ‘n’ Slideがライセンスし、B.O.P.とケニー・ボビアンの名を世界に知らしめます。
同年にはケニーとのダンス・プロジェクト「Instinct」をスタートさせ、ゴスペルハウスを追及。
Instinct – Reachin(B.O.P. Intense Mix)(1996)
翌年にはボビアンの妻、スースーをメインに据えたトラックを発表。彼女がニュージャージー・ゴスペルハウス界を代表する実力派女性シンガーへと成長するスタート地点となります。
B.O.P. feat. Su Su Bobien – He’ll Be There(Classic Mix)(1997)
この後も、Ricky Nelson(リッキー・ネルソン)、BJ Crosby(B.J.クロスビー)、Dawn Tallman(ダウン・トールマン)といったヴォーカリストをフューチャリングし、それぞれが持つ声の質感、声域、そして魂(ソウル)の個性を120%活かしきるオーダーメイドのプロデュースワークを次々と量産。
2000年に入ってからも、ゴスペル・ハウスのプロデュース作、Remix作ともにリリースし続け、現在最新のトラック類はオリジナル・ウェブサイト「bopmusic.net」にて直接視聴・購入可能となっています。
ボルティモアのBasement Boysよりも抒情的、NYのDef Mix Productionよりはバタくさくノスタルジック、いかにもニュージャージーという土地柄を体現しているB.O.P.。
マイナーコードのメランコリックなメロディック・テックが流行っているヨーロッパでは、こんなハッピーなゴスペルハウスは、もう古くさく聴こえるかもしれません。
それでもフロアの熱気と、スピリチュアルな音と、そこに集う人々の魂が完全にひとつに溶け合った瞬間に押し寄せる、あの至高の多幸感において、彼らの右に出る者は世界中どこを探しても存在しないでしょう。
ぜひ当時の熱狂的なフロアの光景を想像しながら、リリックの意味も考えながら、聴いていただきたいプロデューサー・ユニット。その熱気こそが、B.O.P.が、ハウス・ミュージックの歴史に遺した真の遺産なのだから。
B.O.P.のおすすめ曲
B.O.P. – We Can Make It(1995)
Kenny & Friends – You Are My Friend(Disco Mix)(1995)
Carolyn Harding & Damon Horton – Sing A Song(B.O.P. House Nation Mix)(1995)
B.O.P. feat. B.J. Crosby – Thinkin’ About You (B.O.P. Devotional Mix)(1997)
Su Su Bobien – Thank You(BOP Till U Drop Mix)(1999)

