はじめに、ラテンとは何か、ラテン音楽とは何かを語ると本が10冊以上書けてしまうので、ここでは説明できません。なので非ラティーノがラテンっぽいと思えればラテンという気楽な立ち位置で、ラテンハウスの代表作をご紹介します。
ラテンハウス入門10選 ①
Jesse Velez – Girls Out On The Floor(1985)
Jesse Velez「Girls Out On The Floor」(1985/TRAX)
ラテンハウスのパイオニアと言われるJesse Velezの曲。カウベルとコンガがラテン、と言われればそういう気もしてきますが、トラックがスカスカなのとかチープなシンセ音とかが、シュガーヒルとバンバータ足して10ぐらいで割った感じで、ヒップハウスのパイオニアとも言ってもよいのではないかと思います。
シンガー兼プロデューサーのJesse Velezはこの曲のリリース直後、シカゴのギャング抗争に巻き込まれ謎の死を遂げた(もしくは自ら命を絶った)とのことですが、そもそも7曲入りのアルバム1枚、シングルカット1枚、翌年新曲シングル1枚、合計3枚しかリリースないので、デビューしてすぐ死んじゃったに等しいです。詳しい資料がなくて何系ラティーノなのかわかりませんでした。
これ以外に初期ラテンハウスとして、Raz「Amour Puerto Rriqueño」(1986/Underground )、Raze『Break 4 Love』(1988/Columbia)というのがありますが、聴いてて全然楽しくないのですっ飛ばします。
3曲とも基本英語で、時々スペイン語のフックがアクセント程度に入るので、この時代は「スペイン語が入ってるからラテンハウス」もしくは「ラティーノのプロデューサーがやってるからラテンハウス」って認識らしいです。
のっけからラテンハウスの定義があやふやすぎて困ってますが、教科書的にはこれが「ラテンハウスのパイオニア」として紹介されるので、お勉強ということで見逃してやってください。
Sueño Latino – Sueño Latino(Paradise Mix) (1989)
Sueño Latino「Sueño Latino」(Paradise Mix) (1989/DFC)
ジャンルを超えて全電子音楽ファンがリスペクトすべき、Manuel Göttschingが1984年発表した名曲「E2-E4」のラテンバージョン。
イタロハウスのパイオニアDJ Andrea GemolottoやClaudio Collinoなど4名によるイタリア人ハウスプロジェクトSueño Latinoが、べネズエラ出身イタリア在住のシンガーCarolina Damasを起用し、Göttsching本人と共作でリリースした曲。
’89年夏のヒット曲のひとつで、ヨーロッパではチャート1位になった国もあるとAll Musicに書いてありますが、コレが1位になるってどんだけ耳の肥えた国なんでしょうか。
どうやってこの曲が出来上がったのか資料がないんですが、おそらくイタロハウス全盛期に、ゴッチング本人呼んでハウス版を作ろうという話だったのではないかと想像します。経緯を知っているという奇特な方がいればぜひ教えてください。’92年にDerrick MayとCarl Craigの別Mixが出て、2000年代も別Mixが出て、常に誰かがUpdateしてる感じです。
タイトルのSueñoはスペイン語で、「Dream」や「ラテンの夢」みたいな意味です。ベネズエラーナが歌ってるからには歌詞もスペイン語だと思いますが、音はアンビエントハウスで、プロダクションチームはイタロハウスで、歌手はラティーナで、元はジャーマンテクノって、ますます謎が深まるばかり。
イタロハウスまでラテンハウスだということになると、収集つかなくなってしまうので、この曲はラティーナが歌ってるからラテンハウスということにして、イタロハウスの話は忘れてください。
Tito Puente – Ran Kan Kan(12′ Club)(1989)
Tito Puente「Ran Kan Kan(12″ Club)」(1992/Elektra)
この曲の主役はMasters At Workじゃありません、Tito Puente(ティト・プエンテ)、NY生まれのプエルトリカンにしてマンボのパイオニア、NYラテンミュージック界の頂点に立つ神様みたいな人が、メインアーティストです。
まずはティトが1954年に7inchでマンボ曲「Ran Kan Kan」をリリース。そして’92年にミュージカル映画『マンボ・キングス/わが心のマリア』(原題:The Mambo Kings、アントニオ・バンデラスのハリウッドデビュー作)が公開されます。
これはキューバからNYに出てきた兄弟がラテンバンド「マンボ・キングス」を結成するというストーリーで、ティトさんも本人役で出演してます。
Tito Puente With Santos Colón「Ran Kan Kan」(1954/Tico Records)
この映画のサントラ盤が、’54年のオリジナルVer.「Ran Kan Kan」も収録した形で’91年にElektraから発売されます。翌年に同じくElektraから、M.A.W.がRemixしたクラブ仕様4Ver.+オリジナルVer.の合計5トラック入ったレコードが発売されます。
つまり、NYに住むラテンミュージシャンなら誰もが夢見る「神様との仕事」が実現したのが、このマンボ・サンプリングのラテンハウスです。(※サントラより映画公開の方が1年遅いのは、ポスプロが遅れて映画の公開が延期されたため)
ティトさんはいろんな楽器ができる中でもティンパレスが一番得意で、曲名の「Ran Kan Kan」はティンパレスの音を表した擬音。曲中のコーラス「Ran Kan Kan, Tito, suename los timbales」は「ランカンカン、ティト、ティンパレスに歌わせて」という意味なんだそうです。
The Mambo Kings Trailer
M.A.W.はご存知のとおり、2人ともNY生まれのプエルトリカンです。パーカスに特長あるのはやっぱりそのせいかと思ってしまいます(ドラムのプログラミングはKennyが担当です)が、David Moralesだってプエルトリカンなんで、個人の趣味の問題かと。
M.A.W.としてはラテンハウスと言えるものが意外になくて、Kenny趣味全開だとジャズファンクになり、Louis趣味だとボーカルものになり、ラテン曲っていうのが思い浮かびません。Nuyorican SoulはNew Yorker+Puerto Ricanの造語ですが、聴き直してみたらラテンハウスじゃありませんでした。
M.A.W. Recordsの弟レーベルとして2003年にスタートしたVega Recordsに、ラテンアーティストをfeatしたスペイン語タイトルのリリースが結構あって、音もそっちに寄せて作ってあるのでオススメです。
ちなみにみなさん「プエルトリコ」って「国」じゃないこと知ってましたか? 自分はプエルトリコって国があって、サンフアンって首都があるんだと思ってました。実際に行ってパスポートにアメリカのスタンプが押されるまで、まったく知らなかったです。
DJ Disciple – Latin Love(1993)
DJ Disciple「Latin Love(Rip-Off Mix)」(1994/TNT・Freeze Dance)
その名もズバリ「Latin Love」のRip-Off Mix、哀愁漂うスパニッシュギターが主役のオシャレ・ラテンハウスの大傑作。4曲入りの『The Vinyl Factory EP』というヤル気のない工業製品のようなタイトルの12InchのA面2曲目で、ほか3曲は正統派ディープハウス。
このトラックだけクレジットがまったくなく、ギターやピアノやボーカルが誰なのか、どこで録音されたのかも不明です。他の3曲はNYだったりLondonだったり、全部スタジオが違います。
DJ Discipleはミュージシャン一家に生まれた生粋のアフリカン・アメリカンで、本名もDavid Banksと至って普通なので、ラテンの血は入っていないと思われます。つまりこの「ラティーノじゃない人がラテンっぽいと思って作った曲」が、日本人としても「ラテンだなあ」と感じるわけです。
さて、この後にもDiscipleは数枚ラテン系のを出すんですが、その中で謎な曲があります。
DJ Disciple「Latin Love」(1997/Catch22)
3年後に出た12inch『DJ’s DJ EP』A面1曲目に入ってる「Latin Love」。タイトルから察するには、前の曲のオリジナルのように見えませんか?
Eric Kupperあたりが好きそうな感触の音で、オルガンとベースがジャズっぽく、トランペットのソロがあり、ストリングスとホーン隊もいて、聴けば聴くほど音のバランスも構成も良くて感心してしまう、こちらも名作ラテンハウスです。
リリースに3年も差があって、実際RemixとかDubの次元を超えて2曲全然違うし、たまたま曲名が一緒なだけですか? ヤル気のないEP名といい、ド直球タイトルといい、スタジオのバイトちゃんにでも曲名考えさせて本人はノータッチなんでしょうか。
さらに2005年にCatch 22から「Latin Love 2」という曲が出ていて、聴くとギターの方のをちょっと変えたVer.でした。「2」がギターver.の2nd Mixという意味なのか、トランペットのver.が「1」と言いたいのか、さらにわからなくなりました。もし事情を知っている方がいらっしゃいましたら、ぜひご教授願います。
トランペットのほうの「Latin Love」に、キーボードMichele Chiavariniというイタリアンな名前がクレジットされていますが、調べてみたところ各種楽器が弾けてストリングスまで組める、マエストロで作曲家で演奏家でプロデューサーと紹介されていました。
いかにもジュリアードかバークリー行ってそうなインテリのにおいがプンプンしますが、他アーティストとのコラボでもラテン系楽曲やってるんで、この人がラテン風味のキーパーソンではないかと思います。
Afro-Cube – Muevete Mama(1995)
Afro-Cube『Muevete Mama』(1995/Strictly Rhythm)
コンガが軽快なリズム隊に、トランペット、シンセ、フルートが入ってくる、超シンプルだけどカッコよく聴こえるラテンジャズハウス。
Afro CubeはOscar Gaetan、通称Oscar G.の別名義です。名前からするとラティーノじゃありません。マイアミ生まれ、マイアミ育ち、1990年に初12inchリリース。Kummba Records、Nervous傘下Made in Miamiオーナー。
Oscar G.は’96年「Fired Up!」が一番有名ですが、プロダクションチーム名の「Funky Green Dog」名義だったので、本名に聞き覚えのある方は少ないんじゃないでしょうか。
90年代初頭はStrictly RhythmとNervous Recordsのリリース量が圧倒的で、レコード屋さんのハウスコーナーの半分以上をこの2つで占めてたんですが、その中にスペイン語のタイトルとかラテンっぽいトラックが結構あります。ただしDJが使うためのトラックって感じのばっかりで、楽曲としての完成度が低いというか、今聴いても全然つまんないんで紹介しません。コレが唯一まとも。
Basement Jaxx – Samba Magic(1996)
Basement Jaxx「Samba Magic」(1996/Atrantic Jaxx)
イギリス人デュオBasement Jaxx3枚目の自主制作12Inch「Summer Daze EP」に収録されている、説明不要のラテンハウス・アンセム。
ブラジル人パーカッショニストAirto Moreiraの「Samba de Flora」をサンプリングしたダンスチューンながら、サンプリングというよりも、パーカス隊のシャカシャカ・チャキチャキしたサンバ感はそのままに、ベースをブッとく強調してハウスのビートに乗せ換え、メインメロディのボーカルやピアノをシンセで全編弾き直したイメージ。
ぜひオリジナルを聴いてみてください。Jaxxバージョンとくらべてそんなに違和感がなく、そもそもの原曲の完成度が異常に高いことがわかります。A面2曲目「Phase 2 Hi」も同じくAirto Moreiraからサンプリングのラテンハウス。
Airto Moreira – Samba de Flora
Basement Jaxxはラテン・インスパイアのトラックが他にもあり、「Bingo Bongo」はボリバル「メレンゲ」のサンプリング、「Sereia de Bahia」はブラジル人歌手ニーナ・ミランダをfeat.した「Mermaid of Salinas」のカバー、「Betta Daze」は男性Jazzボーカルが乗ったサンバハウス、「Eu Não」も女性ボーカル入りのサンバハウス。
「Rendez Vu」というスパニッシュギターが印象的なラテンハウス曲もあるのですが、そのビデオがマリアッチ×ルチャリブレって無節操なメヒコ推しで、意味わからなすぎてオモロいです。なぜブラジルやメヒコなのかも含めて、レジェンドページでご覧ください。

The Heartists – Belo Horizonti(Dub-Duo Samba Mix)(1996)
The Heartists「Belo Horizonti(Dub-Duo Samba Mix)」(1996/Atrantic Jaxx)
引き続きJaxx関連で失礼します。Airto Moreiraの1977年初出「Celebration Suite」を、イタリア人DJ Claudio CoccolutoとSavino MartinezによるデュオThe Heartistsがハウスにしたヒット作。B面にはJaxxによる別Mixも入ってます。
翌年にはGottfried EngelsとRamon Zenkerによるドイツ人ハウスプロジェクトBelliniが「Samba de Janeiro」というタイトルで、同曲のハウスVer.を出してますので、そちら↓もどうぞ。
Bellini『Samba de Janeiro』(1997/Orbit Records)
なんでイタリア?ドイツ?と思われる方がいるかもしれませんが、ブラジルで一番多いのはイタリア系移民、次がドイツ、その後に日本が続きます。ブラジルとイタリア2冊パスポート持ってる二重国籍の人も結構います。意外にもブラジルと関係が深いのはポルトガルでもスペインでもなく、イタリアとドイツです。
Spiller – Batucada(Elusive’s Samba Vocals) (1996)
Spiller「Batucada」(Elusive’s Samba Vocals) (1996/Black Moon)
イタリア人DJ兼プロデューサーのSpiller(Cristiano Spiller)による、ボサノバの名曲「Batucada(The Beat)」のハウス・カヴァーバージョン、もちろん世界中のフロアで大ヒット。オリジナルはブラジルのオルガン奏者Walter Wanderleyが1967年に発売したボサノヴァアルバム『Batucada』の中に収録されてます。
最初に’96年にイタリアのレーベルBlack Moonからオリジナルが出て、翌年リリースの各国版で、ビデオに上げたElusive’s Samba VocalsなどDJに使いやすいMixが出ました。日本だとTwisted Americaから出たUS版を持ってる人が多いかもしれません。
Paul Johnson – Get Get Down (Latin Excursion)(1999)
Paul Johnson – Get Get Down (Latin Excursion)(1999/Defected)
もう流行りすぎてゴメンナサイって感じのBohannonサンプリングの大ヒット曲ですが、12inchB面にラテンバージョンあります。オリジナルのメロディとベースは残しつつ、いろんな楽器が入れ替わり立ち代わりソロを取るという、インプロ風な構成の豪華Mix。
※元ネタは1978年初出のHamilton Bohannon「Me And The Gang」です。
Paul Johnsonは一発屋のイメージが強くて、いつの間にか消えたなと思ってたんですが、事の顛末はレジェンドのページをご覧ください。
そういえばラテンと全然関係ないんですが、昔、Paul ‘Trouble’ AndersonってDJがいました。ラジオで有名な人なんですけど、Paul Johnsonと名前が似てるってだけで、自分の中でどっちがどっちだかよくわかんない状態になってました。2人のポールさんすみません、R.I.P.。

Ney De Castro – Ba-Tu-Ca-Da(Pete Heller Big Love From Rio Mix)(1999)
Ney De Castro「Ba-Tu-Ca-Da」(Pete Heller Big Love From Rio Mix)(1999/Classic Brasilian Recordings)
ありとあらゆるブラジルの打楽器を総動員した、メロディもべースもない、ほぼパーカスだけのビート(ポルトガル語でBatucada)なのに、ひたすらブチ上がってしまう反則技のトライバル・ラテンハウス。
イギリスのMr.Bongoから出た12inchに入ってますが、これは元々1963年にフランスでリリースされた、ブラジル人ドラマーNey De Castroによる『Brasilia An 2000 – Rythmes À Gogo』というアルバムからの1曲目「Batucada」を、ブライトンのDJ Pete Hellerがハウス風にRemixしたトラック。
B面はAirto Moreiraの「Celebration Suite」(さっき出てきた超有名曲)が入ってます。これフランスからアプルーバル取ったからか、レコードラベルに誤植あってYoutubeのタイトルも間違ってて(おそらくカタログも間違ってて)、上記が正しいです。
サンバの起源は、元来ブラジル北部の港町サルバドールに無理やり奴隷として連れて来られたアフリカンたちが、強制労働の合間の短い休憩時間の楽しみとして、故郷の国のビートにのせて踊っていたものと言われてます。
曲のタイトルにもなってる「Batucada(バトュカーダ)」は、打楽器だけで組み立てられているアフリカ直系のビートのことで、いわばサンバの骨格みたいなもんです。1888年の奴隷解放以降、サルバドールにいた人たちがリオに移り住み、そこでBatucadaに打楽器以外の音が加わったり、速度や歌詞の内容が変わったりして細分化していきます。
実はコロンビアのクンビア、ドミニカンレップのメレンゲ、キューバのソン、トリニのカリプソなんかも、サンバと似たようなアフリカンルーツのビハインドストーリーを持ってます。カポエイラも背景は同じ。
たとえばカリプソは、いろんなエリアの人がアフリカから連れて来られたけどお互い言語が通じなかったんで、そこらへんにあったものを太鼓やシンバルがわりに叩いてコミュニケーションを取っていたのが始まりという逸話があり、いつ生きるか死ぬかわからない奴隷生活において、何かを叩いて音を出すのが「生き残る術」だったことがうかがえます。
言い換えれば、約200年前、鍋とか農具とか叩きながら、ハンドクラップ入れたり掛け声入れてみたりしてたシンプルなビートが、実は支配者階級に対するレベルミュージックだった、ということになります。
カリプソはその後、ジャマイカやインドの影響を受けてソカ(Soul Calypso=SOCA)に進化しますが、リオとヴェネチアと共に世界三大カーニバルのひとつと言われるトリニのカーニバルは、最後2日間このSOCAがひたすら爆音でサバンナ(という名のダダっぴろい公園なんですけど)に流れ続けます。
人類発祥の地アフリカから受け継がれてきた打楽器のポリリズムが、カーニバルの主役であることはブラジルもトリニも同じ。そもそも全人類のDNAに組み込まれてるものだと思えば、ドンドンシャカシャカポコポコ聴くとブチ上がるのは、食欲や睡眠と同じくガマンできない生理現象なんだと納得できます。
以上です。第二弾は来月になります。コレ入ってないぞっていう苦情がございましたら、Contact欄までお寄せください。

