Boys NoizeことAlex Ridhaが、この2年で一気に広がった仕事と、アンダーグラウンドの感覚を手放さない理由をインタビューで語りました。

聞き手が挙げたのは、映画『Challengers』のサウンドトラックの作り直し、『Tron: Ares』のほぼ全編の共同プロデュース、そして60公演を超えるNine Inch Nailsのツアーへの帯同です。

本人は、毎年「来年はゆっくりしよう」と思いながら、それがもう10年ほど続いていると話しています。

16歳でDJを始め、レコード店で働いた頃

ドイツ・イラク系のプロデューサー、DJで、2005年には自身のレーベルBoysnoize Recordsを立ち上げました。

DJを始めたのは16歳のときで、すでにクラブでプレイしながらレコード店で働いていたそうです。

その頃はLove ParadeでRichie HawtinやDJ Hellに熱狂していて、大物DJの世界はとても遠いものに感じていたと振り返りました。

『Oi Oi Oi』と地元ドイツの厳しい反応

2007年にファーストアルバム『Oi Oi Oi』を出し、のちにLady Gagaの「Rain on Me」の共作者にも名を連ねています。

聞き手にとっては思春期のサウンドトラックだったという『Oi Oi Oi』ですが、ドイツではあまり評価されませんでした。

本人によると、2001年から2003年ごろはGigoloがテクノとエレクトロ、パンクをつなぐエレクトロクラッシュで勢いに乗っていたものの、その流れは長く続かなかったといいます。

Gigoloから最初の12インチを出した頃には、ドイツではミニマルテクノやテックハウスが主流になっていたそうです。

地元ドイツの反応は厳しく、Groove Magazineは「こんなものは要らない」と書いたと本人は話しています。

本人はまったく気にしなかったといい、最初に話題になった頃から、レコード店に来るDJたちに妙な目で見られるのには慣れていたそうです。

支えになったのはクラブの反応で、自分の曲をかけるとフロアが沸いたことが何よりの確信になったと語りました。

ジャンルをまたぐプレイと、Skrillex、EDMとの距離

DJセットの雰囲気も、16歳でハウスのクラブの前座をしていた頃から変わっていないといいます。

Theo Parrishにディスコやアシッドをつなぎ、Body & Soulのボーカル曲から再びアシッドへ戻るような、ジャンルをまたぐプレイです。

テクノともハウスとも言い切れない立ち位置については、目立つ人ほど叩かれやすいと認めています。

Skrillexとは2011年ごろにフェスティバルで出会い、ドイツへ来た彼が自宅に泊まっていたときに自然と曲ができたそうです。

当時は特にイギリスのアンダーグラウンドでSkrillexへの反発が強く、2012年から13年ごろには、自分がメインストリームへ行ったと思われた時期もあったといいます。

今は一部のDJのほうがよほどメインストリームになっていて、皮肉なものだと付け加えました。

EDMの波が来たときには、フックのある大きな曲を作るよう業界から圧力を感じたものの、ダサいとしか思えなかったと話しています。

自分がクールだと思うことしかやらない、という線引きははっきりしていたそうです。

Nine Inch Nailsのツアーを引き受けるまで

Nine Inch NailsのTrent Reznorから一緒にツアーをする話が来たときも、最初は慎重でした。

2012年にはMadonnaからのサポートの誘いも断っていて、巨大な会場でビールを飲む観客の前でDJをしても、道化のように見えるだけだと考えていたからです。

Trentとはすでに同じ部屋で曲を作っていたので、オープニングを務める話は迷わず受けたといいます。

迷ったのは、バンドと一緒にステージに立つ提案のほうでした。

大ファンだからこそ、Trentが自分のDJにMCを乗せる姿を思い浮かべてしまい、その伝説を壊すのではないかと恐れたそうです。

準備を始めるとTrentは本人の曲を次々に挙げてきて、そこにはヴァイナルでしか出ていない作品が多く含まれていました。

組み合わせられそうな曲と並べたその大きなリストを聴いてみると、驚くほど筋が通っていたと話しています。

ツアーの演出と『Challengers』の作り直し

オープニングでは、ゆっくりとしたトライバルでインダストリアルなノイズの曲をEBMの前にかけ、会場に入った瞬間から映像と音に引き込まれる流れを作りました。

ライブも固定せず、ベルリン公演では前夜とも翌夜とも違うセットを演奏するほど、何通りものやり方を用意していたといいます。

『Challengers』の仕事は、映画用に完成していた音楽を、Trentがこのまま出すべきではないと感じたところから始まりました。

最初はDJミックスにする案で、1〜2日で仕上げて送ると、手を加えた部分が気に入ったとステムを渡され、さらに4〜5日かけて作り込んだそうです。

この作品は2024年に『Challengers (Mixed)』として世に出ています。

TrentやAtticus Rossとの仕事から得たものを聞かれると、ひと言「カオス」と答えました。

ドラムマシンが一定のビートで全体を引っ張るテクノに対し、彼らの曲は静かに始まって最後には全員が激しく鳴らすような強弱の変化があります。

その2つの世界をなじませるのが、いちばん難しかったと振り返っています。

Lady GagaやSkrillexとの制作

ポップスの仕事では、Lady Gagaとの制作に、失うものはないという気持ちでモジュラーシステムを持ち込みました。

1日1曲のペースで、「Free Woman」を書いた翌日に「Rain on Me」が生まれたと明かしています。

最近はCoachellaでSkrillexと共演し、本番の2週間前から毎日曲を作ったため、Dog Bloodの新曲もたまっているそうです。

サンプルを多く使っているので、許諾を取るか差し替えるかを決めるのが今の課題だといいます。

5年ぶりのアルバム『7LLVSION』に入れた曲の基準

11月6日には新しいアルバムが出ますが、もうアルバムは出さないつもりだったと本人は打ち明けました。

思い入れの強かった前作も、出してしまえばひとつのツイートや投稿のようにスワイプされて終わり、落胆したからです。

タイトルは『7LLVSION』で、Ones and Zerosから出る5年ぶりの新作アルバムになります。

気持ちが変わったのは、今のテクノに進歩をあまり感じない一方で、小さくインディーでパンク寄りの新しいシーンが生まれているのを見たからでした。

参照したのはポストパンクや初期のニューウェーブ、DAF、EBMといった古い音で、ファーストアルバムに通じるパンクの要素が大きいそうです。

収録の基準は、全曲を自分のDJセットでかけられることと、親友に早く聴かせたいと思えるほど迷いがないことでした。

周りに「入れないなんて正気か」と言われても、5%でも引っかかる曲は外したといいます。

シングルを多く出しながら進めるのも、期待の波に振り回されず、自由でいたいからだそうです。

初めて単独で手がける映画音楽

今後は、単独では初となる映画音楽としてホラー映画のスコアにも取り組みます。

『Suspiria』やGoblinのような古いホラー映画のサウンドトラックが好きで、映像を思い浮かべながら音楽を作るのが楽しみだと語りました。

この動画の全編はResident AdvisorのYouTubeで見られます。