Sven Väthが、フランクフルトのクラブOMENの閉店を振り返る投稿をInstagramに公開しました。
閉店は1998年10月18日で、投稿は「28 YEARS AGO TODAY」の一言から始まります。
VäthはOMENと、のちのCocoonのDJとして、数十年にわたってフランクフルトの夜を形づくってきた人物です。
OMENは1988年から1998年まで営業した、ドイツのテクノ/ハウスシーンで最初期のクラブのひとつです。
店はフランクフルト中心部のJunghofstraßeにあり、いまは取り壊された立体駐車場の1階に入っていました。
1988年、VäthはMichael Münzing、Matthias Martinsohnと3人で同じ場所のディスコVogueを買い取り、改装してOMENとして開いています。
1990年夏にドイツへ最初のテクノの波が届くと、Väthはアシッドからテクノへ切り替え、いわば“リビング”だったOMENで新しい音を広めました。
店にはCarl CoxやJeff Millsらも出演し、Väth自身は最長15時間に及ぶセットで知られていました。
当時は音楽誌でも、ドイツ最高のテクノクラブにたびたび選ばれました。
閉店に至ったのは、建物の所有者が賃貸契約の解除をちらつかせたためです。
Väthは投稿で、10年続いたOMENに3日間のクロージングパーティーで別れを告げたと振り返っています。
誰も帰ろうとせず、人が多すぎてJunghofstraßeを封鎖しなければならなかったそうです。
店の外にスピーカーを出すと通り全体がダンスフロアになり、月曜の朝まで踊り続けたといいます。
当時の記録でも、日曜日に押し寄せた人の多さに主催者が路上へスピーカーを置き、数百人がそこで踊ったとされています。
警察は止めに入らず、Junghofstraßeを数時間にわたって通行止めにしました。
最後の1枚にVäthが選んだのは、Steffen Britzkeとのプロジェクト、Astral Pilotの“The Day After”でした。
BritzkeはStevie B-Zetの名でも知られ、1989年にはVäthらとMosaicというプロジェクトも組んでいます。
“The Day After”は、1995年にHarthouseから出たAstral Pilotのアルバム『Electro Acupuncture』に収められた、21分2秒の長い曲です。
Väthにとって、その瞬間は決して忘れられない、とても感情的なひとときでした。
OMENは単なるクラブではなく、自分たちの家であり、家族であり、ひとつのムーブメントだったとも語っています。
28年たった今も、その精神は心の中と世界中のダンスフロアで生き続けているそうです。
閉店と建物の取り壊しのあとも、1999年から2004年までは毎年10月にOmen Memorial Dayが開かれました。
OMENを運営していたVäthとMartinsohnは、2004年にCocoon Clubを設立しています。
2026年の初めには、フランクフルトの電子音楽ミュージアムMOMEMで、このクラブを取り上げた展覧会「OMEN Club Frankfurt 1988–1998 – New Electronic Ecstasy」が開かれました。
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