Nick Jones(ニック・ジョーンズ)

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Nick Jones(ニック・ジョーンズ)

Paradise Garage(パラダイス・ガラージ)仕込みのソフルフルなグルーヴを伝えてくれる、New Yorker DJ、Nick Jones(ニック・ジョーンズ)。ここ10年以内にハウスを聴き始めた方には馴染みがないかもしれないこの名前、ぜひ覚えておいていただきたいDJです。

今回はこの正統派DJと日本との関係について紹介します。

1960年代中盤、ニックはニュージャージー州ニューアークに生まれました。ティーンエイジャーの70年~80年代は、ちょうどディスコブーム。彼はそのきらびやかでブラックなグルーブが渦巻く音楽に魅了されます。

特にNYのラジオ局WBLSから流れてくる、Larry Levan(ラリー・レヴァン)のパラダイス・ガラージの音に感銘を受け、DJを志すようになります。

1984年ごろ、地元ハイスクールを卒業。その後すぐにNYへと上京し、音楽の知識を買われ、グリニッジ・ヴィレッジにある著名レコードショップ「High Tech Music」(Bleecker St. 68)での職を得ます。

このお店は Studio 54のレジデントDJであるLeroy Washington(リロイ・ワシントン)が経営しており、人気DJの知識を存分に吸収することができる、またとない機会でした。

またリロイはラリー・レヴァンと親交が深く、ラリーはよくお店にレコードを買いに来たりプロモ盤をピックアップしに来ており、ニックは憧れの大先輩と直に接することができました。

ラリーが1枚レコードを買うと、店内にいたお客さん全員がそのレコードを買ったという逸話を、ニック本人が披露しています。

Leroy Washington @ Studio 54
Leroy Washington

リロイは、Love-Lite(ラブライト/West 33)という新しいクラブをスタート。ここではTimmy Regisford(ティミー・レジスフォード)、David Morales(デヴィッド・モラレス)、Kenny Carpenter(ケニー・カーペンター)、Larry Paterson(ラリー・パターソン)といったDJが出演。そしてラリー・レヴァンも時々ブースに立ちました。

ニックは、彼らのサポートDJとして入ることになり、ブースの中で彼らのテクニックを至近距離から観察。最終的にニックは、このLove-LiteのレジデントDJに抜擢されます。レコード屋さんのスタッフから、本物のDJへと成長する過程には、こんな恵まれた下積み時代がありました。

彼はThe Undergroundや21 Hudsonといった初期のクラブにもDJ出演。しかし彼の本領は、1985年、Greg Daye(グレッグ・デイ)とお店で出会ったことから発揮されていきます。

グレッグとニックはすぐ意気投合し、好きな音楽と空間について、同じヴィジョンを共有していることがわかりました。1987年にパラダイス・ガラージが閉店。行き場を失ったお客さんと同じ喪失感を抱えていたグレッグとニックは、翌年、移動式パーティ「Wild Pitch(ワイルド・ピッチ)」を始動させます。

これはマンハッタンの様々なクラブを移動して行われ、一番有名なのはウェストサイドの19th StreetにあったKilimanjaro(キリマンジャロ)というスペース。他にも元パラダイス・ガラージの跡地にできたThe Choice(チョイス)など、毎回場所を変えて開催されました。

The Wildpitch Parties Era Flyers in New York City – DJ Disciple

DiscipleによるWild PitchのFlyerコレクション

このパーティでレジデントDJのニックが披露した、ソウルフルでエモーショナルな選曲とテクニカルなミックスは瞬く間にフロアの話題をさらい、爆発的な人気を獲得。パラダイス・ガラージなき後の「ダンサーの聖地」としての地位を確立します。

そんな折、ニックに楽曲プロデュースの依頼が舞い込みます。声をかけたのはヒサ・イシオカさん、東京で設立したBPM Recordsからのリリース。

Nick Jones & Kaleem Shabazz – The Experience(1991)

Nick Jones & Kaleem Shabazz「The Experience」(1991/BPM Records)

記念すべきレーベル初リリース(BPM-001)、レーベルコンピ「La Ronde」に収録されたトラック。Kaleem Shabazz(カリーム・シャバズ)はプロデューサー兼キーボーディストで、曲中のピアノは彼によるもの。レコーディングはNu Grooveで実績のあったBen Rebel(ベン・ラベル)が担当しています。

このコンピには寺田創一さん、森 俊彦さん、松井 寛さん、Pal Joey(パル・ジョイ)などが参加。人選の意図としては、ヒサさんが愛するパラダイス・ガラージのヴァイブスを引き継げるに違いないニックとパル、そこに日本のプロデューサーたちを並べることで、日本のクリエイティブのクオリティが、NYと遜色ないところを見せたかった、とのこと。

実際ニックはこの曲が初プロデュース、パル・ジョイも試作的な12inchを数枚出していただけの段階。新人2人の大抜擢はヒサさんの英断で、この時すでに未発掘のタレントを見抜く才能があったと言えます。

ニックはHi Tech、パルはVinylmania、どちらもラリーお気に入りのレコードショップのスタッフだったことも、人選に影響していたのかもしれません。

同年、ニックはヒサさん主導で日本ツアーを敢行、初来日。渋谷CAVEや名古屋のClub Buddhaなどに出演。このCAVE出演時、CAVEプロデューサーであり、またBPM Recordsを手伝っていた村田大造さんに出会います。

大造さんは次のクラブを作るための準備をしており、西麻布に大きな地下倉庫を借りていました。そこにニックを連れてきて、DJブースの配置、ダンスフロアの動線、ライティング、スピーカーをどこに、どう配置すべきかといった質問をします。

ニックはパラダイス・ガラージや、Wild Pitchで様々なNYのクラブを渡り歩いている経験を元に、この埃っぽくガランとした倉庫が、どうやったらいいクラブになるのかを考え、大造さんに伝授しました。

この後の名古屋公演では、ふたりでクラブのサウンドシステムの配線をすべてやりなおす作業をし、大造さんの音に対する熱意を目の当たりにして、ニックはかならず西麻布に世界最高のクラブができるに違いないと確信し、帰国しました。

1991年12月12日、Space Lab Yellowオープン。Victor Rosado(ヴィクター・ロサド)、MAW、Walter Gibbons(ウォルター・ギボンズ)、Larry Heard(ラリー・ハード)等が出演。

またハウス以外でもGilles Peterson(ジャイルス・ピーターソン)やDJ Premere(DJプレミア)、Derrick May(デリック・メイ)などが来日。「Space Lab(空間実験室)」の冠どおり、世界中のアンダーグラウンドから著名DJを招聘する、最先端の音のショーケースを体現していました。

ニックがDJ活動に明け暮れていた頃、衝撃的なニュースがNYから世界中に広がります。1992年11月、ラリー・レヴァン死去。ロンドンのミニストリーにて3か月レジデントを務め、日本ツアーも大盛況に終わった矢先の出来事に、ファンやクラブ関係者は深い悲しみにつつまれました。

自らをこの道に導いてくれたレジェンド、そして会うたびに笑って気さくに話しかけてくれたラリーの崩御に、ニックは打ちひしがれます。そこで彼はラリーを追悼し、また自らを落ち着かせるためのトラックを制作することにします。

Nick Jones Experience – May 19 < > Nov 8 11:00AM 1992 6:30PM(1993)

Nick Jones Experience – May 19 < > Nov 8 11:00AM 1992 6:30PM(1993/BPM Records)

5月19日はラリーの誕生日、11月8日はラリーが亡くなった日、6:30PMは亡くなった時間を表しています。Nick Jones Experienceはニックのソロ・プロジェクト名。Wild Pitchの盟友、グレッグ・デイルのバックアップを受け、1作目のカリームも参加しています。

こちらもBPM Recordsのコンピ「La Ronde Ⅱ」に収録されていますが、ジャケットは後にBMP King Street Soundsのヴィジュアルを一手に引き受けることとなる、Tycoon Graphicsが手掛けています。

1993年、NYにてBPM King Street Soundsが設立。ニックはヒサさんと直接会う機会が増えます。すでに1991年末に完成し、大成功を収めていた大造さんのYellow出演のため、同年、ニックは2回目の来日。

5月、Yellow初登場。当時人気だったジュリアナ東京のレジデントJohn Robinson(ジョン・ロビンソン)とのジョイント・ギグ。これは、普段ハウスを聴かない一般層を取り込む狙いがあったとされています。

ニックは完成したYellowのフロアに立ってみて、自分のアドバイスが反映され、それが完璧に仕上げられていることに驚きました。Rey Audioのサウンドシステムは、NYのクラブに匹敵するほど精緻に調整され、DJブースやフロアの位置は、パラダイス・ガラージの魔法を忠実に再現していたからです。

彼は大造さんを、音楽のための純粋な「Holy Place(聖地)を作った」と大絶賛しました。

Nick Jones @ The DJ Booth at Club Yellow
(nickjonesexperience.comより)
Hisa Ishioka, Yahya Mcdougald, Kerri Chandler ⒸKenta Fujiki(RBMAの浅沼優子さんによるYellow特集記事より)

またヒサさんとJ-WAVEが協力体制を結び、深夜枠にて最新のNYのハウス・ミュージックを伝える番組をスタート。ニックの過去の音源や、このために収録したマスターミックスが、日本のメジャー局にてオンエアされることになります。

直接NYに行くか、行く人にKiss FMやHot 97を録音してきてもらうしか、聴くことのできなかったリアルなNYの音が、日本のラジオで聴けるようになり、Yellowのオープンと共に、日本のハウス・リスナーが増えるきっかけのひとつとなります。

この後、ニックはDJで培ってきた感性を武器に、新曲12inchを量産。特に1996年、ディスコ黄金期の人気シンガーColonel Abrams(コロネル・アブラムス)をfeat.した「As I Take You Back」がフロアヒット。代表作のひとつとなります。

Nick Jones Experience – As I Take You Back(Is Everybody In The House?)(1996)

Nick Jones Experience 「As I Take You Back」(1996/King St. Sounds)

またKing St.のDJマスターMix CDシリーズ『Mix The Vibe』にも抜擢。Louie Vega(ルイ・ヴェガ)やDanny Krivit(ダニー・クリヴィット)と共に、人気シリーズを代表するDJのひとりとして登場。クラブに行かない層にも、CDでNYのDJミックスを聴く機会が増えました。

1996年、アーティストとしての独立と自由を求め、100%クリエイティビティが発揮できる場として、自主レーベル「Imani Records」を設立。Imaniはスワヒリ語で「Faith(信念・信頼)」。自らが好きなソウルフルでスピリチュアルな音を追及していくという決意を表しているとのこと。

すでにトライバルやプログレッシヴなどハード系が人気を博し、サイレン音が鳴り響いていたNYで、ラリー直系のクラシックなハウスをやっていくという信念を表したものと言えます。

Nick Jones – Virgo(1997)

Imani Recordsのファーストリリース『The Master Blaster Project』収録曲

90年代は新曲リリースと共に、The ShelterやThe Sound Factory Barにレギュラー出演。そして遠征DJもひんぱんに行っていました。

1993年のYellow初デビューから、ほぼ毎年のように日本に来日。Yellow以外にも、青山 Maniac Love、大阪 Vinyl、札幌 The Wall、旭川 The Bassment といった、音にうるさいオーナーと固定客がいる、こだわりのクラブに出演。

またパリの老舗 The Rex Clubや、イタリアの伝説的クラブ The Red Zone、さらにはカナダの各都市を廻るなど、ワールドツアーを敢行。ニック・ジョーンズの名と音を広める結果となります。

2000年に入ってからも、創作活動は衰えず、King St.、Nite Groove、Imaniを使い分け、寡作ながらコンスタントに作品をリリース。

2020年に入り、ポータルサイト「The Nick Jones Experience」をローンチ。活動の場をネット上でも展開。オフィシャルブログやデジタル音源の紹介など、積極的に情報発信をはじめます。

2021年にはクラブ出演時のアーカイブ音源公開や、DJ Mixのストリーミングを開始。また1993年からのKiss FM音源もアップするなど、往年のファンと共に、新世代のハウス・リスナーにも昔の音源を聴ける体制を整えました。

2024年にはミニアルバム『Bleecker Street』をリリース。ブリーカーSt.はグリニッジ・ヴィレッジを横切る通りで、Bleecker Street RecordsやBleecker Bob’sなどレコード店がひしめき合っていた、いわば東京の宇田川町的存在。Vinylmaniaとパラダイス・ガラージも近くにありました。 

彼が最初に就職したレコード店 High Tech Music もブリーカーSt.沿い。ヒサさんにおけるキングSt.が、ニックにおけるブリーカーSt.。昔はローカルでボヘミアンな雰囲気があったこの通りに、懐かしい思い出がたくさん詰まっているのでしょう。

ここまでを振り返ると、ニック・ジョーンズの活動は、パラダイス・ガラージのソウルを伝える伝道師。時代や流行が変わっても、自分の愛する音を追及する姿が克明に刻まれています。

また日本のハウス・ミュージック・ファンにとって、彼が担った役割は非常に大きいものがあります。90年代、ほとんど毎月のようにハウスDJの誰かがNYやシカゴやロンドンから来日していた中でも、毎年来ていたハウスDJはニック以外にいませんでした。

ラリー・レヴァンが命を燃やし尽くした最後の国であり、そのパラダイス・ガラージのソウルを、ニック・ジョーンズが毎年のように通って絶やすことなく灯し続けた国、日本。

その舞台裏には、ラリーを招聘した高橋透さん、ニックを招聘したヒサ・イシオカさんや村田大造さん、サポートDJのみなさん、各地のクラブオーナーとスタッフの方々、そして大勢のお客さん…、ハウスを愛する偉大な日本人の先輩たちの尽力があったことは、言うまでもありません。

すでに高齢となり、海外出張DJは難しいのかもしれませんが、今後も末永く活躍していただくことを願っています。もし体調が良かったら、また日本に来てくださいね。

Nick Jonesのおすすめ曲

Nick Jones Experience feat. Wanda Nash – Make it Last(1995)

Nick Jones Experience feat. Wanda Nash「Make it Last」(1995/King St. Sounds)

Nick Jones Experience – Nick’s Theme(Sunday Ritual Mix)(1997)

Nick Jones Experience「Nick’s Theme(Sunday Ritual Mix)」(1997/Nite Groove)

The Soul Movement feat. Onesongbyrd – Dreaming(2001)

The Soul Movement feat. Onesongbyrd「Dreaming」(2001/Shelter/Imani)

Nick Jones Experience – Silver(2016)

Nick Jones Experience「Silver」(2016/Imani Records)

Nick Jones Experience – Bleecker Street(2024)

Nick Jones Experience「Bleecker Street」(2024/Imani Records)

Nick JonesのおすすめDJ

Mix The Vibe: The Journey By Nick Jones(1997) 

Mix The Vibe: The Journey By Nick Jones(1997/King St. Soounds)

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