2016年頃からLo-Fi House(ローファイ・ハウス)という言葉が使用され、脚光を浴びるようになりました。
しかし、この質感の音楽は降って湧いたようなものではなく、歴史を振り返ってみれば、ハウスミュージックのリレーのうえで連綿と続いているものだということが分かります。
では、Lo-Fiハウスは今までのハウスミュージックと何が違うのか?
それは文脈の違いと言えます。Lo-Fiハウスシーンは、EDMなどの派手でクリアな音を志向するメジャーシーンに対するアンチテーゼであり、SNS、Youtubeなどインターネット文化の中で育ったカウンターカルチャーといえます。
皮肉混じりの使い捨てを前提としたアーティスト名や、ふざけたジャケット写真などを使用してYoutubeなどにアップロードされるところから始まっており、トラックは当初はクラブなどの大きなサウンドシステムを目的に制作されておらず、ヘッドフォン用に作られていました。
過度なコンプレッションによる音割れや歪みを気にせず創作することが、Lo-Fiハウスがウェブ上でうまく機能した理由の大きな部分ではないかと言われています。
現在では、人気が高まることにより、元々違う文脈から同じような質感の音楽を制作していたアーティストまでLo-Fi Houseにカテゴライズされており、結果としてLo-Fi House全体の音楽クオリティは高まり、いちスタイルとしての地位が確立されています。
「Slav」というYouTubeチャンネルでは、Lo-Fiハウスをオンライン上でたくさん発見することができ、Lo-Fiハウスが聴ける最大の場所の一つとなっています。
Lo-Fi House(ローファイ・ハウス)とは?
Lo-Fi(ローファイ)という言葉は、Low Fidelity(ロー・フィディリティ)の略で、録音環境や再生音質が悪いことを意味し、意図的に質の悪い音響機器を使ったり、ノイズや不明瞭なリズムなどを取り入れた状態のことを指します。
Lo-Fiハウスは、音楽的にはハウスミュージックにディストーション、ファズ、コンプなどでざらつきを加えたり、テープエミュレーションや、カセットテープ、アナログ機材に通して意図的に音を汚すことにより、ミニマリズムとヴィンテージの美学が追求されています。
このスタイルのハウスミュージックはOutsider House(アウトサイダー・ハウス)、Raw House(ロー・ハウス)など様々な呼び名が使われていましたが、2016年ごろからLo-Fiハウスという呼び名に収束されました。
技術的な面以外に、Lo-Fiハウスを推進しているアティテュードについても言及する必要があります。
Lo-Fiハウスはコンテンポラリー・ハウスの様々な形態への反骨精神から生まれており、オンラインのウェブベースから始まり、ストリートやバー、クラブに徐々に浸透していったものだということを念頭に置いておく必要があります。
そのため、ふざけたアーティスト名や、タイトル、ジャケットなど、自分たちは真剣にハウスミュージックに取り組んでいない印象を意図的に与えることがクールだという風潮になっていました。
Lo-Fiハウスシーンで名を上げたRoss From Friends、DJ Boring、DJ Seinfeldなどのプロデューサーは、ハウスミュージックにVaporwave的な憂鬱感、皮肉、ポストモダニズムの美学を組み合わせて人気を博し、90年代のディープハウス風のカセットに録音されたようなメランコリックなトラックを制作しました。
Ross From Friendsの「Talk to Me You’ll Understand」は明らかに初期のハウスミュージックを参考にしています。タイトルフレーズの哀愁を帯びたヴォーカルを中心にしたこの曲は、リリースの2ヶ月前にBandcampで驚くほど売り上げました。
Ross From Friendsは、「正直言って、みんなが踊ってくれるとは思っていない。誰も踊らない時もあるが、それはそれでクールだと思う。時にはみんなが夢中になっている時もあるが、それはそれで納得できないんだ。」と話しています。
Ross From Friends – Talk to Me You’ll Understand
オーストラリア人DJであるDJ Boringの「Winona」は、レコードのラベル面を模したサムネイルにアメリカの女優Winona Ryderが使われ、YouTubeで600万回以上再生されています。トラック自体はWinona Ryderのインタビュー動画から声をサンプリングしてあり、抑制の効いたダウナーな仕上がりになっています。
「Winona」がネット上で話題になった後も、2018年にはたった1回のライヴしか行っていませんでしたが、2019年には69回の公演を行うほどになっています。
DJ Boringによると、彼の音楽に最も大きな影響を与えているのはロンドンのレーベル<Lobster Theremin>で、ここ数年でハウスやテクノのローファイが好きなリスナーにとって人気のレーベルの一つになっています。
DJ Boring – Winona
スウェーデン出身でバルセロナを拠点に活動するDJ Seinfeldは、当初はDJ Seinfeldでの活動を一時的なサイドプロジェクトとしてスタートさせましたが、2016年11月末に<Lobster Theremin>から「Season 1 EP」がリリースされた後は、このプロジェクト自体が人生を引っ張って行くような活動になりました。
その後、2017年にリリースしたアルバム「Time Spent Away From」に収録された「U」は、包み込むような柔らかいピアノと、呼吸するようなシンセが絡み合う美しい曲で話題となりました。
DJ Seinfeld – U
Detroit House(デトロイト・ハウス)
ローファイなハウスミュージックの誕生は、元を辿れば90年代のデトロイトまで遡ることが出来ます。
前述したYoutube世代のアーティストたちがデトロイトの影響を受けているかどうかは定かではありませんが、Lo-Fi Houseのサウンド的ルーツはデトロイトハウスにあると言ってもよいです。
デトロイトのアーティストの中でもMoodymann(ムーディーマン)の登場がハウスミュージックに与えた影響は計り知れません。
1994年に「I like it」でハウスミュージックシーンに登場したMoodymannは、純粋なラウンジのような雰囲気の中にソウルとジャズの要素がミックスされたディープなハウス・トラックをリリースしました。自身のレーベル<KDJ>からリリースされた「I like it」のオリジナル版レコードは、現在4万円以上の価格で取引されています。
Moodymann – I Like It
Moodymannのトラック制作はパソコンを使わず、MPCやSP1200といったサンプラーで行われていることから、90年代のヒップホップに見られるのと同様、近年の24bitや32bitの録音にはない特徴的なロービットな質感のサウンドが得られています。
ハウスミュージックに新たな潮流を起こしたMoodymannのサウンドは、Theo Parrish、Rick Wilhite、Alton Miller、Mike Huckaby、Terrence Parker、Andresなど、デトロイト出身のアーティストたちによって推進され、デトロイトハウスと呼ばれるようになり、2000年代に突入してからもKyle Hall、Patrice Scott、Jay Danielなど才能に溢れたアーティストによってこのサウンドは継承されています。
Beatdown(ビートダウン)
日本のレコード屋では、Lo-Fi Houseというジャンル名が生まれる以前から、Beatdown(ビートダウン)という言葉が使用され、この音楽スタイルが分類されていました。
しかし、海外のハウスミュージックシーンではBeatdownという言葉はあまり使用されておらず、どのような経緯でBeatdownという言葉が日本で使用されるようになったのかは不明です。
一説には、デトロイトのアーティストが集まって2002年にリリースされたコンピレーションアルバム「Detroit Beatdown (Volume One)」のリリース以降から使用され始めたという説があります。
ビートダウンの制作では、ディスコ、ソウル、ファンクなどを元にサンプリングが行われていて、デトロイトハウスの他に、90’sヒップボップのプロダクションに大きな影響を受けていて、ヒップホップ的な音の取り方をしているトラックが多く見受けられます。
HNNY – Nothing
Hotmood – Superstar
Sunner Soul – Shadows In The Garden
Ben La Desh – Motion
BeatdownはNu-Discoとの親和性が非常に高く、Beatdown / Nu Discoで活躍しているレーベルとして、<Whiskey Disco>、<Sleazy Beats (Black Ops)>、<MCDE>、<Sound Stream>、<Red Motorbike>、<Kolour LTD>、<Running Back>、<Smokecloud Records>、<Razor N Tape>、<Local Talk>、<Let’s Play House>などがあります。
Lo-Fi Houseでよく引き合いに出されるDJ Boringの出身地オーストラリアに関していえば、Harvey Sutherlandを輩出した<Voyage>のオーナーAndy Hartが運営していたレーベル<Melbourne Deepcast>などがあり、Lo-Fi Houseが話題になる以前からこの質感のハウスミュージックがじわじわと盛り上がりを見せていたことがわかります。
Andy Hart – Tell Her You Know
Lo-Fi House / Beatdownの音の傾向
- 12bitや16bitのヴィンテージサンプラーのような音質
- 高域は抑えられていて柔らかい印象
- ディストーション、サチュレーター、テープなどで汚した音
- リバーブ、ディレイなどは控え目
- サンプリング音はよく使われる
- メランコリックな曲調多め
- デトロイトハウス、90’sヒップホップの影響がある
Lo-Fi house / Beatdownのおすすめ
Leon Vynehall – Butterflies
Niles Cooper – Strygere & Klaver
Fidde – I Wonder If You Know (Dreams)
Junktion – Monologue
Loods & Mall Grab – Love Is Real
Saine – Tenfold
Luvless – Sometimes
Motor City Drum Ensemble – Raw Cuts #5
Mangabey – Try To Chill
Osmose – Me N U
Aaliyah – One In A Million (Giegling Remix)