ベーシック・グルーヴ概論 -リズムの科学-

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グルーヴという言葉は非常に抽象的であり、使う人によって意味が異なることはよくあります。主に2つの意味で使われていることが多く、ひとつは楽曲に独特の雰囲気があることや、踊りたくなるようなノリがあることを表現して使われる意味合いです。ブラックミュージックをルーツとした音楽に使われることが多いような気がします。

そして、もうひとつはもっと具体的であり、音楽理論に近いような意味合いがあります。一言で言ってしまうと「ノリ」という言葉に集約されてしまいますが、本質的にはもっと明確に説明出来るものです。

グルーヴとは音色、音符の間隔(長さ)、音の強弱といった複合的な要素から生み出されるリズムのウネリのことです。

しかし、これは多くの音楽理論と同じことで、「先に音楽があって後に理論がついて来るもの」と言えます。いちいちミュージャンが理論的に頭で考えてグルーヴを作り出しているのではなく、音のモチーフ、アイデア、インスピレーションなどに身体の感覚に任せて演奏することによって生まれるものです。

ミュージシャンが楽器を演奏してレコーダーに録音するだけの時代であれば、演奏すれば自然とグルーヴが発生するのでこの話はここで終わりです。

しかし、現代は生演奏だけでなく、コンピューターを使い様々な音源をMIDIで打ち込んだり、サンプルパックから音を選んで貼り付けたり、レコードをサンプリングしたりと、様々な「リズムの種」が混在することになるため、それらをコントロールし、一つにまとめないと楽曲に一体感を生み出すことは出来ません。踊らせることを目標の一つとしているダンスミュージックにおいては何よりも大切な要素のひとつであります。

これはDJプレイに於いても活かすことの出来る考えです。楽曲のグルーヴが合っている2つの曲と、全然グルーヴが合っていない2つの曲を混ぜた時、フロアの足を止めずにキープ出来るのはどちらか?

今回の探究の旅はその答えを探るヒントになるかもしれません。

目次

グルーヴとは?

ではこのグルーヴの正体とは一体何なのか?

リズムは2音以上発せられると起こる知覚現象です。(1音でもピッチや音量、周波数分布などに変化があればリズムを感じますが)

グルーヴはそのリズムに音色、音符の間隔(または長さ)、音の強弱といった複合的な要素からウネリを生じさせ、より身体的な躍動感をもたらせる感覚です。

ここでは音色、音符の間隔(長さ)、音の強弱を、リズムにグルーヴを生み出す3大要素として話を進めていきます。

X=音色

Y=音の強弱

Z=音符の間隔(長さ)

各音符においてこれら「XYZ」が全て同じ値だった場合、リズムにグルーヴは発生せずストレートなリズムとなります。人間が演奏した場合は起こり得ませんが、近年のハードウェアシーケンサーやコンピューターを使った打ち込みの場合起こります。いわゆるベタ打ちと言われる状態のものです。

ベタ打ち例

実験にはAbleton Liveを使って、付属のTR-808の音色を使って作成しました。プラグインも何も使っていないシンプルな音になっています。TR-808の音はどのDAWにもだいたい収録されているのでDAWをインストールすれば誰にでも再現出来ます。

ベタ打ち例では、各ドラムキットの音は単一の音色で、グリッド線にピッタリ沿って、全て同じ音の強さで打ち込まれています。

ベタ打ち

こういったリズムが悪いというわけではないです。一部のテクノやIDMやエレクトロニカといったもので機械的、未来的な印象を与えるために必要とされる場面もあるでしょう。

しかし、実際にはテクノやIDMやエレクトロニカといった機械的なイメージのジャンルであってもグルーヴのあるプログラミングがされていることは多いです。

ましてや、クラブにおけるダンスミュージックを主と考えた場合、お客さんを踊らせるためにはグルーヴを生み出すことが有効な手段となります。

グルーヴのパターン例

ここからは実際にグルーヴを生み出す打ち込みの一例を挙げていきます。注意点として耳で聴くだけではグルーヴの違いを感じるのは難しいというのがあるので、身振り手振りでリズムを採るなり、首や身体を揺らすなりなどして聴くと違いが分かりやすいと思います。ベタ打ちとの比較をしながら聴いてみてください。

音色のみを変えたパターン

ここで言う音色を変えるというのは、音を別のサンプルに切り替えるということも含まれますが、一つの音にバリエーション加えるということでもあります。それは似た音の別のサンプルを使う、ピッチを変える、フィルターやEQを使うといったことが含まれます。

例では、8分で打ち込まれたクローズドハイハットを違うパッドにコピーして、ローパスフィルターを少し掛けました。その後、キックの位置(表拍)にあるハイハットを入れ替えました。

フィルタリング

表拍ハイハット音色変更

ベタ打ち

ハイハットに対比が生まれ、少し躍動感が出たと思います。この方法はハイハットのみならず、どの音に対しても行えます。4拍目のクラップもハイハットと同じ要領で変更してみました。

四拍目クラップ変更

例では一つの音から2つの音色を作りましたが、これを3つや4つ作って使い分けても良いわけです。サンプラーのラウンド・ロビンという機能を使えば再生する度に順番に音色を変えたり、ランダムに変えたりすることも出来ます。

音の強弱のみを変えたパターン

MIDIにおいて音の強弱はベロシティとも言われますが、軽く強弱を付けてみるだけで立体感が増して来るのが分かります。好みに応じてさらに繊細な強弱を付けることも出来ます。 

音の強弱変更

ベタ打ち

音と音の間隔のみを変えたパターン

最も大きな影響を与えるのが音と音の間隔です。簡単に言うと発音タイミングをずらすということです。その応用として音の長さ(音価とも言われる)を長くしたり、短く変えるという方法もあります。例では一拍目の裏のハイハットを少し後ろにずらしました。たった一つの音を後ろにずらしただけで、かなりグルーヴ感が増すことが確認出来ます。

一拍目裏の発音タイミング変更

ベタ打ち

8分音符のみならず16分音符の位置にある音を動かしても、また違う印象になります。次の例では二拍目裏にあるマラカスの発音タイミングを後ろにずらしました。

8分の位置にあるのと16分の位置にある音符を動かすのでは、また少し違った表情のグルーヴが見えます。

※比較しやすいように先ほどの一拍目の裏のハイハットはグリット線上ピッタリに戻してあります。

16分のマラカスの発音タイミング変更

上記のパターンを全て組み合わせたパターン

音の強弱のためベロシティを下げているので、相対的に全体の音量が下がり、ベタ打ちよりも迫力が減ったように聴こますが、ここで注目すべきポイントはグルーヴ感であることに留意してください。

全てを組み合わせたパターン

ベタ打ち

その他の様々な表現

次に音と音の間隔を変化させることで、色々な表現が出来ることを見てみたいと思います。

縦ノリのパターン

身体を縦方向に揺らすとノリやすいのが分かります。※上述の「全てを組み合わせたパターン」が縦ノリなので同じ音声ファイルになります。

横ノリのパターン

横ノリは身体を縦方向に揺らすとノリにくく、横方向にステップを踏むとノリやすくなります。

ドライブ感のあるパターン

疾走感が増して、前に推進力があるのが感じられます。

レイドバック感のあるパターン

ドライブ感とは反対にゆったりしたレイドバック感のあるパターンです。後ろに引っ張られるような感じがあります。

いかがでしょうか?

ドラムトラックのみなので、違いが分かりにくいとは思いますが、それぞれに特徴があります。

ドラムトラックの発音タイミングを変えるだけでもかなり表現に違いがあることが分かるでしょう。音楽を始めたばかりの方の場合は、最初は違いを把握するのが困難かも知れませんが、グルーヴを意識しながら日々の音楽を聴くようなると、徐々に違いが分かるようになると思います。

トラックを制作する時、どのようなグルーヴの変化を付けるのが良いかは個人の好みによりますので、パターンの組み合わせ方は自由です。音色は変えずに音の強弱と発音タイミングだけ変えることもOKですし、音色、音の強弱は変えずに発音タイミングとスウィング感を変えるだけでもOKでしょう。

また、音楽ジャンルや曲の雰囲気によって合うパターンも異なってきます。例えばハウス、テックハウスなんかだと大きめの変化を加えるのが合いますし、テクノなどでは軽微な変化のみにして、ストレートに近いニュアンスを維持しつつグルーヴ感を増すという方が合うかもしれません。

上述した内容はあくまで一例です。組み合わせパターンは無限にあります。特にグルーヴを構成する一要素である「音と音の間隔」はかなり突っ込んで実験することで新たな発見を得ることが出来るでしょう。

適当に音の間隔をずらすだけではグルーヴは生まれず、それどころか全くの逆効果になり、ぎこちなく踊れないリズムになってしまいます。気持ちの良いずらし方にはある程度の法則があります。

例えば、どこをどう動かすべきなのかを考える必要があります。

  • キック、ハイハット、スネア、その他のパーカッション、何をずらし組み合わせるのか
  • 8分音符をずらす、16分音符をずらす
  • 前にズラす、後ろにズラす
  • 表拍をズラす、裏拍をズラす
  • スイングさせる、させない

などがあり、その後には

  • 何箇所動かすのか?
  • どこを動かすとどこを動かせないのか?
  • どこまでずらせるのか?
  • 8分と16分は同時にずらせるのか否か?
  • ベースやシンセなどそのほかの楽器はどのように組み合わせるべきなのか?

などなど、考えるべき項目は多岐に渡りますが、DAWのピアノロール上で自分で実験することで気持ちの良い組み合わせ、悪い組み合わせが少しずつ分かるようになります。

コツとしては最初からたくさんの音を動かさず、一箇所ずつ動かして変化を感じることです。例えば、一拍目の裏のハイハットのみを動かすとか、二拍目のスネアだけを動かすといった具合です。その後動かす箇所を増やしていくのが良いと思います。

グルーヴを理解することでサンプリングや、リミックス、リエディットといった部分でも役立ちます。素材に合わせて制作することが出来るため、チグハグ感のない一貫性のあるものが出来ます。

ここまでお話しして来た内容はコンピュータの画面上でエディットする際のアプローチになります。正直、MIDIパッドを買ってきて、音に合わせてパッドを叩いた方がはるかに簡単にグルーヴを出せるかもしれません。それも一つの方法です。楽器が弾ける人はどんどんリアルタイム録音をする方が効率が良いと思いますが、こういったアプローチもある程度知っておくことで出来ることの幅が広がるとは思います。

では、このセクションの最後に、他の楽器が混ざった時にどのような印象になるかを確認するため、簡単なベース音とアルペジオを足したトラックを聴いてみましょう。ベースとアルペジオはベロシティをベタ打ちで、音の間隔のみドラムトラックと同じグルーヴになるようにエディットしてあります。※こちらのトラックだけ楽器同士で音が重なる帯域があるため、聴きやすいように軽くプラグインで処理しています。

また、適当に音の間隔をずらしたダメな例と、完全にグリット線上にクオンタイズされたストレートな例も挙げておきます。

ベース音とアルペジオを加えた例

ドラムトラックを適当にずらしたダメな例

全ての音がクオンタイズされた例

グルーヴがDJプレイへ与える影響

グルーヴは音楽制作者のみに関わってくる事柄ではありません。DJプレイにもかなり関わって来ます。グルーヴを意識してミックスをすることでよりスムーズなミックスが出来るようになりますし、瞬時にグルーヴが把握出来る能力が身に付けば、DJ交代時やB2Bの時に、前のDJの選曲にグルーヴを合わせて違和感の少ない転換をすることが出来るようになります。

先に述べたXYZ

X=音色

Y=音の強弱

Z=音符の間隔(長さ)

とした場合、XYZ軸の座標パターンが近い曲同士がうまく混ざりやすいのは言うまでもありません。中でも「音符の間隔」がここでもやはり重要な要素となっています。

まずはグルーヴが合っているパターンと合っていないパターンのミックスを聴いてください。全パターン16小節の間にAの曲からBの曲へクロスフェーダーをオートメーションして繋いだだけです。

グルーヴが合っているパターン1

グルーヴが合っていないパターン1

グルーヴが合っていないパターン1は、曲のキー的に違和感がないのでさらっと聴こえてしまうのですが、グルーヴ的には最初の曲が縦ノリなのに、次の曲が横ノリの曲をつないでしまっています。雰囲気を変えたいなどの意図がない限りよろしくないでしょう。

グルーヴが合っているパターン2

グルーヴが合っていないパターン2

グルーヴが合っていないパターン2は、2つの曲は同系統のグルーヴを持っているのですが、曲のアクセントの位置が離れているため、好ましくない結果となります。1曲目は一拍目、2曲目は三拍目にアクセントがあります。場の雰囲気、流れでどうしてもコレを繋いだ方が良いというならアリかなという感じです。

では、どのようにしてグルーヴを把握することが出来るのか?

ものすごくリズム感に優れた人ならば、耳で聴くだけで判断出来るかもしれません。しかし、多くの場合、身体的なアクションを使って覚えることが現実的です。体を揺らしたり、手を回したり、手でリズムを取ったり、首でリズムを取ったりといった具合です。

まずは、縦ノリか横ノリか、次にドライブ感があるかレイドバック感があるか、次にスウィングの度合いが感覚として掴みやすいと思います。習得には時間を要するでしょうが、この辺を把握出来るようになるとミックスの質は大きく変わり、それなりのアドバンテージを得ることが出来ます。

筆者は「キーが合っていないと観客の心を止めてしまい、グルーヴが合っていないと観客の足を止めてしまう」という例えを好んで使っています。

中にはキーが合っている場合や、曲の雰囲気が限りなく近いなどの要素によりグルーヴが合っていなくてもスムーズにミックス出来ることもありますが、多くの場合は難しいでしょう。

現場で即興で繋いでいく場合、時に間違えた選択をすることもあるでしょうが、なるべくキーとグルーヴの両方のバランスがうまく取れた選曲をしていく必要があると思っています。

もちろんプレイするジャンルによっても最適な繋ぎ方は違ってくるので、これはある種の考え方、アイデアのストック、テクニックの一つという類のものです。これが100%正解というわけではありません。

ドラムマシン、音響機器、プラグインなどのグルーヴはどうなっている?

スウィング機能くらいは付いている場合がありますが、基本的には近年のドラムマシンはグルーヴが生じず、ストレートなリズムになっていることが多いです。

これは推測ですが、単純にクロックの精度が上がったのと、音がズレていたり一定でないとデジタルに取り込む際に扱いにくいので、おそらくはDAWとの同期を考えてのことではないかと考えられます。DAWにはグルーヴテンプレートという簡単にグルーヴを生み出せる機能が備わっていることがほとんどなので、自分でグルーヴを作るのが苦手な方はグルーヴテンプレートを使用するのも良い方法です。

一方、少し古めのドラムマシンやサンプラーはコンピューターとMIDI同期せずに自走させた場合、絶妙なグルーヴが生じていることが多いです。未だにヴィンテージのドラムマシンやサンプラーが好んで使われているのは、こういった部分も関係しているかもしれません。全ての古いドラムマシンが良いグルーヴを持っているとは言えませんが、名機と言われる機種は良いグルーヴを持っていることが多いです。

例えば、Roland TR-808とそのクローン機として評価の高いBeringer RD-8を聴き比べてみると、非常によくコピー出来た音色だと感じられます。しかし、よく聴いてみるとグルーヴ感に違いがあるのがわかるでしょう。

また、エフェクターや、DJミキサーを含めた音響ミキサー、プラグイン、DJソフトなどは、通すことによってグルーヴが原曲から変化してしまうことがあります。

DJミキサーで言えば、UREI1620はグルーヴが変化しないが、BOZAK CMA10-2DLでは変化してしまうといった具合です。

このような機材の特性を利用し、あえてベタ打ちで制作しておいて、グルーヴの変化する機材に通すというのもグルーヴを生み出す一つの方法です。ただし注意点として、気持ちの良いグルーヴに変化してくれる機材と、良くないグルーヴに変化してしまう機材があるので、よく聴いて選択する必要はあります。

まとめ

クラブなどで「グルーヴあるね」といった感じで気軽に使われるグルーヴという表現ですが、その奥にはこんなディープな世界が広がっているとは想像出来ませんでした。

もちろん、「先に音楽があって、後に理論がついて来る」と冒頭でも述べたように、理論的に考えなくても感覚的にグルーヴィーな作品は作れるし、DJミックスも感覚でうまく合わせていくことも出来るでしょう。

しかし、音楽と理論は相互作用を及ぼすものだとも考えています。理論的に考えることからフィードバックされ新たなアイデア、新しい領域に踏み込むことが出来ることもあるかもしれません。

今回は「ベーシック・グルーヴ概論」(こんな言葉があるかどうかは知らない)というテーマでグルーヴについて基本的な部分をお話しました。また機会があれば、今回取り上げることが出来なかった内容を共有出来ればと思います。

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