素晴らしきロータリーミキサーの世界
ディスコミュージックの黎明期に誕生したロータリーミキサーは、DJカルチャーの発展に貢献してきましたが、時代の流れ、音楽の進化とともにリニアフェーダー式のミキサーがDJミキサーの主流となりました。
現代では一部のクラブを除いて、クラブに標準で設置されているDJミキサーはほとんどの場合リニアフェーダー式のミキサーです。
クラブでは様々なジャンルの音楽を扱っているので、リニアフェーダー式の方がロータリー式よりも対応出来る範囲が広いためです。
例えばヒップホップなどは、スクラッチ、カットインを多用するため、クロスフェーダーの付いたミキサーが最適であり、ロータリーミキサーだとキレの良いパフォーマンスは難しいです。
一方、ハウスミュージック、テクノなど四つ打ち音楽の場合、フェードイン、フェードアウトなど、ロングミックスが多いため、ロータリーミキサーとの相性が良いです。
ロータリー独特のボリュームのカーブにより、リニアフェーダーでミックスした時と混ざり方に違いがあり、より繊細にコントロール出来て、そしてアナログ回路で構成されていることが多いため、暖かい音質を好むDJたちに愛用されています。
現在、ロータリーミキサーは多様な展開をみせており、クロスフェーダーの付いたものや、真空管を搭載したもの、USB接続出来るもの、フルデジタルのものがあったりと、もはや懐古趣味の音楽オタクのためのニッチな製品ではなく、全てのDJにおすすめ出来る製品となっています。
ここでは、銘機と呼ばれる伝説的なミキサー含め、おすすめの13台をピックアップしました。
なお、動画での比較は、音の傾向を知る程度の参考にはなりますが、レコード、針やターンテーブルのセッティング、ケーブルなどで音は簡単に変わるため、動画だけで全てを判断するのは難しいということに留意する必要があります。
ヴィンテージ以外では、ここで紹介しているはロータリーミキサーは30〜50万円ぐらいです。メーカーによってはエフェクターを利用するためのセンド&リターンや、リニア電源などを追加するためにオプション料金が必要となる場合があります。また、国内で販売しているミキサー以外は、海外からの個人輸入となりますので、消費税+配送料でだいたい3〜5万円ほど必要ですのでご注意ください。
コンパクト・ロータリーミキサー
クラブに常設されることの無くなったロータリーミキサーですが、そのニーズは無くなることはなく、DJが自ら持ち運んで利用出来るようにと可搬性を求められた結果、ラックマウントの大型ミキサーから、卓上型のコンパクトミキサーへトレンドが移り、需要が増えています。
個人的には、今買うならラックマウント型よりも、卓上型のミキサーをおすすめしています。
Condesa CARMEN V
参考価格 $3,895(オーストラリアドル)
Condesa Electronicsは、ハンドメイドのロータリーミキサーを専門とするオーストラリアのメーカーです。
地元の木材やタスマニアのオーク材を使用した高級感のある外観を持つ「CARMEN V」は、3つのPhonoと4つのLine入力を備える4ch仕様となっていて、2ターンテーブルに2CDJなど、標準的なクラブのセットアップに対応出来ます。
安価なICチップは使用せず、ほぼすべてのオーディオ回路はディスクリートコンポーネントであるため、奥行き、暖かさ、幅広いダイナミックレンジを生み出しています。
個別のチャンネルにLo、Mid、HiのEQ、マスター出力にアイソレーターが備わっていてダイナミックなプレイから繊細な音質調整まで行えます。
さらに、木材の選択、FXセンド&リターン、マイク入力、リニア電源など、いくつかのオプションを備えていて、自分好みにカスタムオーダーが可能です。リニア電源を利用することによりノイズを減らし、より高音質で利用することが出来ます。
「CARMEN V」以外にも、2ch仕様の「Lucia」など、いくつかのモデルがあります。
ISONOE ISO420
参考価格 £2,749
Isonoeはロンドンで2004年にJustin Greensladeによって設立されました。Isonoeの製品はすべてロンドンでハンドメイドされており、比類のないスペックを備えたISO420ミキサーは工場から出荷される前に100回以上のテストが行われています。
ISO420は、4年の歳月をかけて一から設計・製造され、協力者であるJames Murphyの「レコードケースに収まるように、最終的なデザインはレコードよりも大きくならないようにしてほしい」という要望に応え、12インチ×12インチの筐体に収められました。全ての回路はシングルエンドのクラスAで、ディスクリートのトランジスタのみで構成されており、クラスA/Bの集積回路を一切使用していません。
4チャンネル仕様で、3つのチャンネルはライン、フォノを切り替えでき、残りの1チャンネルはバランス入力に対応しています。そして、2系統の3バンドマスターアイソレーターに、FXセンド/リターン(各チャンネル)、2系統のEQ、ALPSポット、VUメーター、1組のヘッドフォン出力(フロント1系統、バック1系統)を搭載しています。
オプションで各チャンネルにマルチモードVCF、またはロー/ミッド/ハイのキルスイッチ、2つのLFOを追加することが可能です。
E&S DJR400
参考価格 ¥542,850
パリを拠点とするE&Sは、MOOGフランスのエンジニアとして務めていたJerome Barbeによって設立されました。
ロータリーミキサーをコンパクト化し、新たなロータリーミキサーブームを作り出したのがE&Sの「DJR400」です。
2000年代の初頭に、DJ DEEPが自身のUrei1620の修理を依頼するために、Jerome Barbeの元を訪ねたことがきっかけになりました。DJ Deepのアイデアを元に「DJR400」のプロトタイプを開発し、その後、Kerri Chandlerが軽くてコンパクトなミキサーを提案、さらにJoe Claussellがアイソレーターの追加を提案して現在の形になりました。
2010年に一般発売された「DJR400」はじわじわと人気を高め、その後のロータリーミキサー業界の流れを変えました。
「DJR400」は4ch仕様で、3バンド・アイソレーターがあり、そして各チャンネルにはローとハイのEQがあります。オプションでFXセンド&リターンを付けることが可能です。
中身が入ってないのではと思うぐらいに本体が軽いこともポイントかもしれません。持ち運びが楽なことは意外に大事です。
E&Sは小規模の会社であり、全てハンドメイドのため、年間100台程度しか製作していません。
Varia Instruments RDM40
参考価格 CHF3,490
スイスを拠点としたVaria Instrumentsは、技術者であり、音楽愛好家であるMarcelとSimonの二人によるロータリーミキサーのメーカーです。
最高の品質と耐久性を第一に考えられ、必要不可欠なものだけを減らすことでユニークな製品として反映されています。
RDM40は無骨でミニマルな外観のソリッドメタル製で、フルアナログ4チャンネルのロータリーDJミキサーです。3 つのPHONO / LINE入力と 1 つのLINE / MIC入力、そして、2 つの異なる 3 バンドのアイソレーターバンクを搭載しています。
1 つはマスターに、もう 1 つは各チャンネルに設定されていて、マスターのアイソレーターは非常に急峻で生々しいですが、チャンネルのアイソレーターはよりソフトで滑らかな特性を持っています。
また、外部エフェクター用のセンド&リターン、2つのアナログVUメーター、115Vから230V(100V仕様もあり)まで電圧を変更可能なリニア・サプライ・ユニットも内蔵しています。
NEA Ulisse
参考価格 €3,000
DJとスタジオソリューションのための高品質のオーディオギアの生産に焦点を当てているイタリアのオーディオ機器メーカーであるNEAでは製品の美しさと高品質の解像度を一致させることを目標としています。
Ulisseは、独自のPCB回路、独自のボックス、カスタマイズされたポット、そしてすべての高品質な電子機器で作られており、Line / Phoneが切り替え可能な4チャンネルのミキサーで、各チャンネルにロー、ミッド、ハイのEQとGainを備えてあります。
また、オンオフ切り替え可能な3バンドのアイソレーター、エフェクター用にセンド&リターン、さらにはクロスフェーダーとマイク入力もあります。
コンパクトミキサーと呼ぶにはかなり大きいですが、その分必要な機能が全て備わっています。
Bozak AR-4
参考価格 £1,695
Rudy Bozakが開発した世界で最初の商業的DJミキサー「Bozak CMA-10-2DL」は70年代に大成功を収め、そのDNAは「Urei 1620」、「Rane MP2016」に受け継がれるなど、時代を超えて大きな影響力を保持しています。
現在、BozakブランドはUKのAnalog Development社が保有し、生産をしており、同社のコンパクトミキサー「AR-4」は、70年代のミキサーから継承された伝統的なロータリーミキサーに基づいて設計されています。すべてのBozak製品と同様に、DJの要望に柔軟に答えるよう更新され、比類のないサウンドと優れた品質を第一に製造されています。
「AR-4」は、角度の付いたVUメーターを備え、ターンテーブルまたはCDJのペアの間にぴったり収まるように設計されており、魅力的なデザインが秀逸です。
4ch仕様、3EQ、マスターアイソレーターを備えています。
FX用のセンド&リターンはありますが、AR-4側でチャンネルごとの操作が出来ず、エフェクター側でドライ、ウェットを操作することになるため、エフェクターを使用する場合の使い勝手はよくありません。
「Bozak CMA-10-2DL」の復刻版といえるラックマウント型のロータリータイプDJミキサー「AR-6」も販売されています。
Alpha Recording System MODEL 9100
SuperStereo DN78-II
参考価格 €2,250
UKのSuperStereoによってハンドメイドで製造される「DN78-II」は、2つのPhono / Line入力チャンネル、1つのマイクチャンネル、2つのUSBチャンネル(最大32ビット/ 384 kHz)を備えています。
高品質のロータリーフェーダー、ロータリークロスフェーダーを使用し、マスター出力に3バンドアイソレーターを備えています。信号にクラシックな真空管の暖かさを加えるように設計された「ファントムバルブ」を備えており、サウンドにユニークなパンチ、深さ、スペースを与えています。
また、アナログVUメーター、ステレオエフェクトのセンド&リターンも備えています。
「DN78-II」は、少しハードに色が付くため、信号に色を付けたくない場合はバルブステージをバイパスすることが可能です。
特筆すべきは、ロータリーミキサーで独自に提供されるファントムバルブに組み込まれた32bit / 384 kHzの高品質サウンドカードが搭載されている点で、USB接続により、パソコンのDJソフトウェアからの再生に使用することができます。
SuperStereoでは、オリジナルのDN78ミキサーと同じ設計原理と音質の4chミキサー「DN44&DN48」もあります。
Mastersounds Radius 4V MK2
参考価格 生産終了
マンチェスターを拠点とするMastersoundsは、Ryan Shawにより設立され、製造業を営む両親の会社で、レコード・スタビライザーを制作したことが始まりでした。
ロンドンの有名レコード店Phonica Recordsの元スタッフであり、自身もDJであるRyan Shawは、元Allen&Heathの従業員であるRigby-Jonesと出会ったことで、Radiusシリーズのミキサーを生み出しました。
Rigby-Jonesは、「Allen&Heath Xone」シリーズや、Richie Hawtinの「Playdifferently Model 1」のミキサー設計を行うなど、DJミキサーの世界で伝説的な存在です。
フラッグシップとして掲げる4ch仕様のミキサー「Radius 4V MK2」は、3バンドEQを備え、各チャンネルに真空管を配置し、独特の温かみのあるサウンドを実現しています。
ロータリミキサーとしては珍しいクロスフェーダーが搭載されていて、スクラッチやカットインにも対応出来ます。
また、Trimツマミが付いているのも嬉しいポイントです。
MK2ではRIAAとEQセクションの音質改善の他に、新たにハイパスフィルターが追加され、クロスフェーダーもスムーズで頑丈なものにアップデートされています。
オプションとして、Mastersoundsのミキサーに最適化されたFXユニットとリニア電源があり、FXユニットにはリバーブ、ディレイ、フィルター、ディストーションなどが搭載されています。センド&リターンがあるため、自分で別途エフェクターを用意しても良いです。
Rane MP2015
参考価格 生産終了
40年以上にわたるロータリーミキサー開発の技術とノウハウに加えて、世界のトップ・テクノ/ハウスDJからのニーズに応えるべく誕生した「MP2015」はRaneが開発した中でも最高級のミキサーです。
コンパクトミキサーというには少し大きめですが、「MP2015」は、今回紹介した中で唯一のフルデジタル・ミキサーで、デジタルとは思えない温かみのある音が特徴です。
PCでのDJ交代が容易に出来るようにUSBが2ポート搭載しており、すべてのオーディオ処理は32ビット浮動小数点で行われ、サンプルレートは44.1 kHz、48 kHz、96 kHzがサポートされています。アナログでの入出力は、ハイレゾクオリティーの24bitのAD/DAコンバーターにより音声変換されます。
CDJで使用する際は、S/PDIF接続でデジタル転送が出来るため、CDJのD/Aコンバーターによる余分な信号のロスなく、MP2015に音を送れます。
マスターには3バンドアイソレーターに加え、4つの各チャンネルに3バンドEQ、LP(ローパス)、HP(ハイパス)、L-H(ローパスとハイパスのコンボ)が選択出来るフィルターを備え、さらに5番目のチャンネルに「サブミックス」機能が備わっており、他のチャンネルからの音を自由にミックスすることが出来ます。
現代的なニーズに答える機能が搭載されたロータリーミキサーです。
ロータリーミキサー銘機
一部の伝説的なロータリーミキサーは今なお高い人気がありますが、生産が終了しているため、メンテナンスが大変です。
非常にレアで高額になっていることもありますが、メンテナンス費用も高くなるため、信頼出来る販売者以外からの購入はリスクがあり、簡単にはオススメ出来ないのが現状です。
現在市場に出回っているものには、経年によりパーツが劣化している、もしくは何度もリペアをして、オリジナル製品とは音が違っている場合もあります。
しかし、数十年も前の製品の音を正確に覚えている人など存在しないため、オリジナルの音を追い求めるよりは、今現在、目の前にある機材が良い音かどうかで判断することの方が大事とも言えます。
年代物のミキサーを購入する際には必ず実際に聴いてみることをオススメします。
Bozak CMA 10-2DL
1930年代から70年代にアメリカで活躍した音響再生分野の設計者およびエンジニアであるRudy Bozakにより設計された「Bozak CMA-10-2DL」は、ロータリーミキサーの原点であり、商業的に生産された最初のDJミキサーです。
<The Gallery>、<Studio 54>、 <Paradise Garage>など名だたるクラブで採用されていました。
NYディスコシーンでいち早く原始的なDJミキサーを開発していたサウンドシステムデザイナーのAlex Rosnerの助言を得て、PA用モノラルミキサーをステレオDJミキサーに改造し、「Bozak CMA-10-2DL」が誕生しました。
現代のDJミキサーの構造が、「Bozak CMA-10-2DL」から大きく変わっていないことが、この製品の完成度の高さを物語っています。
1982年にRudy Bozakがこの世を去り、生産終了した後も、「Bozak CMA-10-2DL」の設計を基に、1982年にはUREIが「UREI 1620」を、1999年にはその「UREI 1620」をモデルにした「MP2016」をRaneが製造するなど、「Bozak CMA-10-2DL」の影響は色濃く残っています。
UREI 1620
UREIは、レコーディング機器の礎を築いた会社の設立者として広く知られているBill Putnam Sr.が、ハリウッドに拠点を移した時に設立した会社でした。
Bill Putnam Sr.の製造したUniversal Audio、Teletronix、UREIといったブランドのレコーディング機器は、現在も業界のスタンダードとして君臨しています。
1980年代初頭にBozakが製造中止になると、1982年にUREIが「UREI 1620」をリリースしました。このDJミキサーはBozakの内部構造を参考にして開発されましたが、Bozakの回路が様々なコンポーネントを集めたディスクリートだったのに対し、UREIの回路は集積回路(IC)で構成されていました。
通常ディスクリートよりもICの音は劣ると言われていますが、UREI 1620はBozakとは違った方向性で、引けを取らないサウンドを生み出しました。ハウスDJのデファクトスタンダードモデルとなり、1993年に生産終了するまで5,000台が生産されました。
2005年には、イギリスのSoundcraft社によって、オリジナル機の設計理念とSoundcraftのテクノロジーを融合し、復刻した限定版のロータリーミキサー「UREI 1620 LE」も発売されました。
Allen & Heath Xone V6
2002年に発売されたAllen & Heath「Xone V6」は6ch仕様で、各入力チャンネルは、Phono / Lineなど2系統の入力切り替えに対応し、30Hz〜600Hzの間で可変のハイパスフィルターが付いています。
また、5chと6chには真空管プリアンプが搭載されています。もちろん、FX用のセンド&リターンとマイク入力もあります。見た目もクールなVUメーターが付いたマスターセクションには、ローとハイの2バンドEQが備わっています。
その他、フェーダーはPENNY+GILES製が採用され、電源ユニットはリニア電源が搭載されるなど抜かりがありません。
すでに生産終了しており、今回紹介した中でも最もレア度が高く、中古市場では100万円以上で取引されることが多いです。