エクスクルーシヴな編集者やセレブリティ、上顧客しか見ることのできなかったファッションショー。パリコレやミラノコレクションは、一般人が招待状を手に入れることが不可能な、クローズドのイベントでしたが、時代が変わり、今では各メゾンがYoutubeでライブ配信するようになりました。
ファッションショーの音楽は、クリエイティブ・ディレクター(ヘッドデザイナー)が考えたコレクションのテーマに沿って、プロの選曲家にお願いするのが通例ですが、現在ではDJがその仕事を担当するコレクションも出てきました。
たった10~15分のランウェイ中、ブランドのフィロソフィーと、コレクションのコンセプトを音で表現する重要なポジション。そんな中でハウスやテクノがかかっているファッションショーや、DJが選曲を担当しているコレクションを探し、最後に「パリコレでDJする方法」について考えてみました。
パリコレでDJする方法 How To DJ in Fashion Shows
Louis Vuitton(Mens/Paris/2017AW)
- Designer:Kim Jones
- Music Director:Honey Dijon
当時話題となった、ルイ・ヴィトンとSupremeのコラボ・コレクションは、Honey Dijon(ハニー・ディジョン)さんによる選曲。キム・ジョーンズはリカルド・ティッシからハニーさんを紹介してもらったようです。
オープニングは Chez Damier(シェ・ダミエ)「Can You Feel It(MK Dub)」。あとはMix MastersとJoint Venture名義のDJ Pierre、クラシックな’90~’92年のシカゴハウス。
コレクションのテーマが80~90年代のNYストリート・カルチャーということで、キムさんからオリエンを受け、ハニーさんはBlondieとGrandmaster Flashをミックスして、ニューウェーブパンクとヒップホップが交錯する、NYの街をイメージした音を作成。
するとショーの前日にキムさんが「やっぱりSound Factoryで流れていたような曲にしたい」と言い出し、Junior Vasquez(ジュニア・ヴァスケス)が’90年前後にかけていた曲のイメージでやり直し。
1990年はキムさん17歳、ハニーさん22歳。キムさんはロンドンでいわゆる海賊版テープを入手し、SFのジュニアのプレイをテープがすりきれるまで聴いていたそうです。
ハニーさんの師匠のDanny Tenagulia(ダニー・テナグリア)は恐ろしくジュニアと仲が悪いことで有名で、普通ハニーさんに「ジュニアみたいな感じにして」なんて言えません。無垢と無知は紙一重。ハニーさんは大人対応して、地元シカゴで当時聴いていたものを中心にセレクト、で、こうなりました。
※映像の音声が小さくてすみません、以下はSound Cloudオフィシャル。
キム・ジョーンズの後、ヴァージル・アブローに交代。ハニーさんはヴァージルとも仲が良く、コレクションの選曲はヴァージル&Benji B名義ながら、その選曲も手伝っていたとのこと。ハニーさんはこれを機にVogueなどファッション誌に登場、自身のアパレルブランド「Honey Fucking Dijon」をスタート、ファッション界のMuse DJとして君臨。
ヴァージルの次のファレルは、選曲ではなく自ら作曲した音楽をかけています。つまり、ヴィトンのメンズショー=ファレルの新曲発表会。LV社内にカスタムの専用スタジオを作りレコーディングしているそうです。アパレル部門のメンズはプレス、モード治外法権圏。お好きにどうぞ。
ジェスキエールのレディースは、フランス人のDJ兼プロデューサー、TeprことTanguy Destable(タンギー・デターブレ)さんが長年、音楽ディレクターを務めています。バレンシアガ時代からの付き合いで、フューチャリスティックなプログレッシブ・ハウスやインダストリアル・テクノが中心。
タンギーさんは、ナタリー・ポートマンさんの新しい彼氏&生まれてくるお子さんのお父さんということで、先月突然話題となり時の人になっていました。本気のレディースでも、思わぬところでプレス効果を発揮中。
Radio CHANEL(Marseille/2024-2025/Cruise Show)
シャネル 2024/2025年クルーズショーのキャンペーン中、「Radio CHANEL」という期間限定ラジオ局で、音楽ディレクターにPedro Winter(ペドロ・ウィンター)さんを起用。彼はDJおよび司会、キュレーターも手掛けていました。
この人は元 Daft Punkのマネージャーで、Ed Banger Recordsというレーベルを運営するDJ兼プロデューサー、いわばフレンチハウスの立役者。収録している場所は、コルビュジエの集合住宅案 Cité Radieuse(シテ・ラディユーズ)、いわゆる「ユニテ・ダビタシオン」の一番最初に建ったマルセイユ物件。
- Designer:Virginie Viard
- Music Director:Michel Gaubert
こちら、ユニテ・ダビタシオン屋上でのメインのショー映像。フランス電子音楽界の巨匠、Jean-Michel Jarre(ジャン・ミシェル・ジャール)の名曲をメインにfeat。トラックリストはシャネルのオフィシャルSpotifyに上がっています。
このマルセイユでのクルーズショーをはじめ、シャネルのメインコレクションで長年選曲を手掛けているのは、Michel Gaubert(ミシェル・ゴベール)さん。
90年代、Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)と仕事したことをきっかけに、ファッションショーの仕事が増え、今ではDior、Fendi、Valentino、Balenciagaなどビッグメゾンのショー選曲を一手に引き受けている、パリコレ御用達音楽ディレクター。
sacai(Paris/2026SS)
- Designer:Chitose Abe
- Music Director:Michel Gaubert
阿部千登勢さんによるサカイの選曲は、上記のミシェル・ゴベールさん担当。2026SSはハウスです。映画音楽のようなシンセスタブにサンドイッチされてますが、2曲めにかかっているのはDAPHNI名義のCaribou、Dan Snaith(ダフニ/カリブー/ダン・スナイス)。
DAPHNI – Sad Piano House(2025)
ピアノは自身のトラック「Cloudy」、ヴォーカルはDua Lipaさんの「Don’t Start Now」からサンプリング。
Plastic People界隈の人は、ショーに使われることが多いです。特にFloating Points(フローティング・ポインツ)さんはミシェルさんと直接コラボというか、よくパリに呼ばれて、お得意のモジュラーシンセを弾いているとのことで、ノンクレジットで結構ミシェルさんの選曲に入っているようです。
カリブーさんといい、フローティング・ポインツさんといい、パリコレの音楽はPhD持ってないと作れないのでしょうか。
Gucci(Milan/2024SS)
- Designer:Sabato De Sarno
- Music Director:Mark Ronson
ナポリ生まれのSabato De Sarno(サバト・デ・サルノ)をデザイナーに迎えた新生グッチの2024SSコレクション音楽は、マーク・ロンソンによるオリジナル・カスタムトラック。
サバトさんはドルガバやヴァレンティノで経験を積んだ後、グッチのヘッドデザイナーを引き受けることになり「Gucci Ancora」をテーマに設定。Ancoraはイタリア語でagainやstillといった意味。古き良きイタリアの伝統を、モダンに表現するという意味で、Ancoraというキーワードを使うことにしました。
デビューコレクションの音楽担当を探していたところ、ロンドンでマーク・ロンソンに会う機会があり、意気投合。サバトさんが大ファンのイタリアを代表する歌手のMina Mazzini(ミーナ・マッツィーニ)が’78年にリリースした「Ancora ancora ancora」を、現代に新しく蘇らせるようマーク・ロンソンに依頼します。
そうして出来上がったのが、以下のRemixとショーの音楽。コードやストリングスがモリコーネっぽい気はするものの、聴いてるだけで呪われそうなヴォーカル、怖いです。
Mina – Ancora Ancora Ancora(Mark Ronson Remix)(2023)
この後ケリングは、サバトさんを就任からたったの19か月で電撃解任するという暴挙に出ます。どんどん速くなるボイリング・ポイント到達速度に業界一同唖然。
Balenciaga(NYC/2023SS)
- Designer:Demna Gvasalia
- Music Director:BFRND
Demna Gvasalia(デムナ・ヴァザリア)時代のバレンシアガ2023SSは、NYCのロウワー・マンハッタン、ウォールストリートのNY証券取引所で開催。音楽はBFRNDこと、デムナさんの夫 Loïk Gomez/ロイク・ゴメスさんが担当。
BFRNDさんオリジナルの「Hedge Fund Trance(ヘッジ・ファンド・トランス)」なるテクノに挟まれて、ライザ・ミネリ/フランク・シナトラで有名な「New York, New York」の女性ヴォーカルVer.が入ります。
こんなところで全員マスクつけたショーやって「ファッションも音楽も人間もNYも、みんな資本主義に喰われろ!」ということのようです。
クローンコレクション、真冬の積雪コレクション、LAトラップコレクションなど、話題のショーを連発していたデムナさん&BFRNDさんカップル。昨年よりグッチに移籍しています。個人的にはデムナさん特別出演のシンプソンズの印象が強く、バレンシアガ=ホーマー。おそらくハイファッション関連で最も視聴回数の多い動画です。
Saint Laurent(Mens/Berlin/2024SS)
- Designer:Anthony Vaccarello
- Music Director:SebastiAn
Anthony Vaccarello(アンソニー・ヴァカレロ)率いるサンローランは長年、フランス人のDJ兼プロデューサーSebastiAn(セバスチャン)が音楽ディレクター。
セバスチャンさんは、シャネルで紹介したペドロさんのレーベル「Ed Banger Records」の看板アーティストで、フレンチハウスをダークなテクノに進化させた「フレンチ・タッチ2.0」のパイオニア。
プロデュースしたCharlotte Gainsbourg(シャルロット・ゲンズブール)のアルバムを、たまたまアンソニーさんが聴き、友人の紹介で会った時には、瞬時に強烈なケミストリーが起こったとのこと、まさに運命の出会い。以来、専属的なコラボが続いています。
先ほどのデムナさん&BFRNDさんと同じく、アンソニーさん&セバスチャンさんも2人で一組というか、このヴィジュアルとこの音が組み合わさってのサンローラン。
2024SSは、ちょうど真ん中にピアノ曲が入り、あとはクラシックと混ざったダウンテンポの暗黒テクノ。場所はベルリン、ミース・ファン・デル・ローエ設計のベルリン新国立美術館。えっ?サンローランはパリコレブランドです。バウハウス建築でテクノコレクションをやるために、ベルリンまで来たということですか?
アフターパーティはTresorと同じビルに入居するKraftwerk(クラフトヴェルク)で開催され、Charlotte de Witte(シャーロット・デ・ウィッテ)さんやボーイズ・ノイズ(Boys Noize)が出演。ハナっから仕事よりも遊びに来たのかもしれません。
セバスチャンさんのDJ仕事は↓こちら。
LOEWE(Mens/Paris/2024SS)
- Designer:Jonathan Anderson
- Music Director:Pascal Moscheni
JWA手掛けるロエべのコレクションは長年、ニュージーランド生まれ、イビザ在住のDJ兼プロデューサーPascal Moscheni(パスカル・モチェーニ)が音楽を担当。苗字がイタリア系ですが、お父さんがイタリア系アルゼンチン人、お母さんはフランス人とのこと。
パスカルさんはNZからマドリッドに移住した後、ミラノでNeil Barrett(ニール・バレット)のインハウスデザイナーとして働きながら、DJ活動もスタート。音楽に専念するためイビザに移住。
2021年よりPacha Ibizaにて「Snacks」というパーティを開催しており、同イベントをパリ、マイアミ、NYでも開催する人気DJ。
JWAはアイルランド生まれながら、家族がイビサに家を所有しており、小さい頃からよくイビサやマドリッドに行っていた、大の地中海好き。イビサのクラブシーンで頭角を表していたパスカルさんと仲良くなり、2014年JW Andersonロンドン・コレクションの音楽を依頼。それ以来ずっと仲良しだそうです。
英語もフランス語もスペイン語もイタリア語もネイティヴのレベルで話せて、ファッションデザイナーの経験があり、イビサの人気DJ、この仕事しないで何をする?という恵まれたCVのパスカルさん。現在はBottega Veneta、Acne Studiosの音楽を担当しています。
同年レディースAWで、後述のFrédéric Sanchez(フレデリック・サンチェス)さんに音楽を依頼。パスカルさんに頼んでいた仕事を、パリコレ御用達選曲家に変えました。現役DJよりも、こっちの方がよっぽどハウス。
JWAはこの後、DiorのCDに昇進しますが、ディオールの選曲はクチュール、プレタポルテともにフレデリックさんに依頼。つまり上記の豪華すぎるロエベのショーは、ディオールの仕事をゲットするための、LVMH 役員に向けた最終オーディション&予行演習。
しかもディオール上層部でこっそり握っている安パイのミシェルさんを外し、カッティング・エッジなフレデリックさんを指名して「クリエイティブに関しては白紙委任状いただきます」という事前告知も兼ねています。
表面上は単に音楽ディレクターを変えただけですが、その裏にはこのようなパワーゲームが潜んでいました。ロエベの選曲は友達DJに依頼できても、ディオールの選曲は専門のプロに依頼しないといけないという、暗黙の了解のようなヒエラルキーを逆手に取った、恐ろしくスマートでポリティカルなストラテジー。
Givenchy(Paris/2014AW)
- Designer:Riccardo Tisci
- Music Director:The Martinez Brothers
Riccardo Tisci(リカルド・ティッシ)時代のジヴァンシーは一時期、マルティネス・ブラザーズが担当。さすがにファッションショーでラテンテックはかかりません、インダストリアル・テクノのような不思議な音が流れています。
イタリアのタラントに生まれたティッシ氏は、17歳で奨学金をゲットし、セント・マーティンズに留学しますが、イタリアにいた頃からクラブのプロモーターをしていたクラブ好き。ホテルの清掃員として働きながら、90年代ロンドンのレイブシーンにどっぷり浸かり、TradeやDTPMといったアンダーグラウンド・クラブに通い詰めます。
デザイナーになってからも、イビサのクラブに通い、当時イビサで「最もクールなDJ」として知られていたマルティネス兄弟とDC-10で知り合いになり、コレクション音楽をお願いするようになったとのこと。
マルティネス兄弟はモデルかと思うぐらい男前なので、ルックスで選んだ気がしなくもありません。イケメンも才能のうち。
DC-10のオーナーはスペイン人兄弟ですが、ここでイタリア人のプロモーターが「Circoloco」というパーティを立ち上げ、ラテンなマルティネス兄弟を連れてきます。DC-10はイビサにおけるイタリア大使館といった様相で、ティッシをはじめとしたイタリア人セレブが大挙押し寄せていました。
コレクションのアフターパーティではハニー・ディジョンさんを起用。ハニーさんがハイファッション業界に入るきっかけとなったのは、ティッシ氏のフックアップのおかげ。
ティッシ氏はジヴァンシーの後、バーバリーに行き、現在は引退しています。毎年、話題のセレブやラッパーを招待して、クラブスタイルのド派手な誕生日パーティをやるという、かわいい男の子とパーティが大好きなお金持ちゲイオジサン。
BALMAIN(Paris/2026SS)
- Designer:Olivier Rousteing
- Music Director:Olivier Rousteing and Design Team
ビヨンセ、マイケル・ジャクソン、カニエ・ウエスト、ドージャ・キャットなど、ポップなミュージシャンとのコラボが大好きなOlivier Rousteing(オリヴィエ・ルスタン)。バルマン2026SSコレクションの選曲は自分自身で手掛け、軽い感じのハウスが流れていました。
オープニング曲はDamian Lazarus(ダミアン・ラザルス)の「Into The Sun」(2020)。ダミアンさんは、Dazedのファッション・ライターから転身したDJ兼プロデューサーとのことで、もしかしたら直接お知り合いなのかもしれません。4つ打ちキックに変則的なスネアが乱れ打つ、エッジィなトラック。
バルマンは音楽フェスも開催していました。ポップカルチャーとの親和性やSNSがバルマン大躍進の理由のひとつではあるものの、こうなってくると、もはやVictoria’s Secretのファッションショーに近いです。
ルスタンさんはこの後のAWコレクションで退任。後任のAntonin Tron(アントナン・トロン)さんは後述のフレデリック・サンチェスさんに音楽を依頼しています。
CASABLANCA(Paris/2026SS)
- Designer:Charaf Tajer
- Music Director:Two Soul Fusion(Louie Vega & Josh Milan)
パリ生まれのモロカンフレンチCharaf Tajer(シャラフ・タジェール)が2018年より立ち上げたブランド CASABLANCA(カサブランカ)。
シャラフさんは、2010年代 Le Pompon(ル・ポンポン)というナイトクラブを立ち上げて有名になり、クリエイティブ・コレクティブ&ファッションブランド Pigalle(ピガール)の設立時メンバーとしても参加。
ピガールは、いかにもSupっぽいボックスロゴのTシャツやキャップが人気でしたが、どうやらシャラフさんは、ヴァージル・アブローのパリ版のような人らしく、ストリート出身でハイブランドをやっているファッション・ディレクター、という立ち位置だそうです。
ファッションデザイナーになる前から、クラブの仕掛け人だった彼ですが、カサブランカの2026SSは「For The Love Of House」がコンセプト。MAWのLouie Vega(ルイ・ヴェガ)と、BlazeのJosh Milan(ジョシュ・ミラン)による最強ユニット「Two Soul Fusion」が、コレクションのためにオリジナルのゴスペル・ハウス・スコアを書き下ろし。
パリ8区にある、19世紀に建てられたゴシック建築の「American Cathedral」がコレクション会場、つまり本物の教会で、18人編成のゴスペル・クワイアが出演しています。
ゴスペル隊の中心は、デトロイトのDames Brown(デイムス・ブラウン)という女性3人組。Amp Fiddler(アンプ・フィドラー)をメンターに持ち、ソウル/ファンクの血統を受け継ぐヴォーカル・トリオ。
そこにHouse Gospel Choir(ハウス・ゴスペル・クワイア)という、総勢150人以上いるロンドン名門ゴスペル・クワイアの中から精鋭15人が加わった混合チーム。またモデルにはSkepta、Omah Layなどアーティストが多数出演しています。
「ハウスってこんな音楽なんです‼」というのを教会+ゴスペル+オリジナル楽曲で表現しており、非常に意義のある、すばらしいショー。ステンドグラスを模したオリジナルの映像も凝ってます。
NYチェルシーにあった Limelight(ライムライト)はとっくの昔に閉店しましたが、元教会の建物を使ったクラブは今も世界中に点在しています。ただしクラブになってしまうと、スピーカーから曲が流れるだけなので、教会でDJのかけるハウスをゴスペル隊が歌うというのは、ココでしかありえない貴重な機会。
シャラフさん&ルイさん、こんな夢のような企画を実現してくれてありがとうございます。DJ Saved Our Church。
カサブランカはKevin Saunderson(ケヴィン・サンダーソン)とのコラボもあったそうで、今後もレジェンド級のハウスやテクノDJの出演が期待されます。


※この曲、クレジットがないので確証はありませんが、ベースをGene Perez(ジーン・ペレス)が弾いていると思います。ベースのレベル 2~3倍にした12”Club Mix希望。ギターはおそらく Sherrod Barnes(シェロッド・バーンズ)か Dominic James(ドミニク・ジェイムス)です。
ファッションショーの音楽の歴史
パリコレで音楽がかかるようになったのは、各メゾンが一斉にショーをやるようになったよりも随分前。1890年に Lady Duff-Gordon(レディ・ダフゴードン)さんというイギリス人女性デザイナーがマネキンショーをやるのに、クラシックのストリングス・カルテット楽団を雇い、ライブで演奏してもらったという記録が残っています。
そこから50年代までは、数人のクラシック演奏家、もしくはピアニストを雇って生演奏を披露するのが通例でした。
60年代に入りモッズやヒッピーなど、ファッションと音楽が融合したカルチャーが出現。パリコレもその流行を取り入れ、ロックやポップスが流れるようになります。
現在のような形になったのは80年代以降。特にエポックメイキングだったのは、1988年のMartin Margiela(マルタン・マルジェラ)のデビューコレクションで音楽を担当したFrédéric Sanchez(フレデリック・サンチェス)さん。
ファッションPR事務所でアシスタントしていた若干22歳の彼は、友人の紹介でマルジェラと出会い、意気投合。既存の録音された音楽のミックスではなく、Reel-to-Reelのテープ編集で、Rolling Stonesや Velvet Underground の音や観客の声を切り刻み、繋ぎ合わせ、何でもアリのグチャグチャなミックステープを作って流しました。
Martin Margiela Debut Runway 1989SS
- Designer:Martin Margiela
- Music Director:Frédéric Sanchez
マルジェラの脱構築クリエイティブ・メソッドを音楽でやったらこうなる、というのがフレドリックさんですが、彼は後に Miuccia Prada(ミュウッチャ・プラダ)から依頼を受け、プラダとMiu Miuのショーを担当するようになります。マルジェラ時代のエルメスも、フレデリックさん担当。
ミュウッチャは前衛的でフィロソフィカルなパースペクティヴをブレーンにすることに積極的な人で、Rem Koolhaas(レム・コールハース)もその一人。本ばっかり書いていて、ほとんど実作品がなかった頃から、ミュウッチャの相談相手です。
ちなみに2026年1月、Ministry of Sound が大規模改装し、サウンドシステムも入れ替えたのですが、その数年前にリニューアルの建築コンペがあり、コールハース率いるOMAが勝ったものの、採用されませんでした。
もしかしたらタイミング的にコロナで、改装などとノンキなことを言っている場合ではなくなった時期だったのかもしれません。壮大すぎて予算が足りなかった、という理由も考えられます。コールハースのミニストリーが実現せず残念ですが、ボツになったデザイン案はウェブ公開されているので、建築好きの方は探してみてください。
ファッションショー選曲のリアル
2019年カール・ラガーフェルド(以下KL)の死後、クラシックやオペラはランウェイからほとんど姿を消し、劇的にエレクトロ系が増えました。
同じ速度のビートがずっと流れているのはNGで、キックレスのインストを挟む、ヴォーカルやピアノを入れる、シンセの効果音やノイズをかぶせる、ブロークンビーツやD’n’Bなど極端にBPMの違うものを差し込む、といった方法でテンションを劇的に変化させつつ、計3~4曲流れているのが最近の傾向。
またコンセプチュアルな音響として、Drone(ドローン)と呼ばれる、キックがなく重低音のうねりだけが鳴っているものが流行っているそうです。これは会場に、従来の簡易的なライブPAではなく、クラブと同じレベルのサブウーファーを入れて、体感できるレベルでブンブンにローを鳴らすもの。リズムもメロディもない、周波数のドローン攻撃です。
ウーファーを天井やキャットウォークの内部、床下に仕込むこともあるそうで、めちゃくちゃ音のいい爆音映画館のような視聴感覚だと思われます。
選曲の主流はミシェル・ゴベールさんに代表される「クラシック×現代音楽」のミクスチャー。KLが生きていた頃は、生オーケストラやオペラなど、クラシックの比重が高かったのですが、彼が亡くなった後、クラシックをサンプリングしたり再解釈した、冷たいシンセや不協和音ノイズが多くなりました。
もともとミシェルさんは、70~80年代、昼はシャンゼリゼのレコード店 Champs Disques(シャン・ディスク)で働きながら、夜はオペラ座近くの Le Palace(ル・パラス)というディスコでDJをしており、KraftwerkやPiLなど、初期エレクトロやポストパンクをかけていたそうです。KLの貴族趣味にあわせていたのが、いなくなったら素に戻った感じ。

この人がショーの選曲をやるようになったきっかけですが、まず’89年9月初頭に、KLのパートナーであり、ショーの選曲を手掛けていたJacques de Bascher(ジャック・ド・バシェール)さんがエイズ合併症でお亡くなりになります。もうショー当日まで残り3週間を切っていて、追い込みに入るタイミング。
後任の選曲家をいろいろ探すものの、出てくるデモが全部イマイチで困っていた時、KLがよく通っていたレコード屋さんの店員だったミシェルさんに白羽の矢が立ちます。
この時、ミシェルさんはディスコDJのセンスを生かして「パヴァロッティのオペラと、フランキー・ナックルズのハウスをミックスする」という異色のウルトラCを繰り出し、KLが「コレ最高‼(涙)」となって採用されます。
なかでも「Tears」は当時12inchがリリースされてから2か月しか経っていない新曲。ミシェルさんは、ほとんどドサクサ紛れのピンチヒッターでしたが、KLにとっては、亡くなってしまった彼氏のことを思い出す、涙なしでは聴けない曲だったに違いありません。ショーの選曲って、そんなんでいいんですか?
こうして’89年9月末、我らがゴッドファザーは、本人の預かり知らぬところで華麗に音だけパリコレ出演。怒涛のキック&スネア(feat.プッチーニ)で、ファッション界の頂点に立つシャネルのプレタポルテ’90SSをロックオン。フロントローに陣取っていた上流階級のマダムとマドモワゼルのみなさん→「え?何コレ???(汗)」。
「Nessun Dorma」(プッチーニのTurandotより)
気になる人は自分で調べてください
このような経緯で、棚ボタ式に選曲家デビュー。ミシェルさんがシャネルやフェンディやクロエの選曲ができるようになったのは、実はフランキーと富家哲さんとロバート・オーウェンスのおかげです。
もう一人の巨匠、フレデリック・サンチェスさんは元祖「脱構築」主義で、ミシェルさんよりもカッティング・エッジなアプローチ。マルジェラ時代はインディロックが多かったのが、今はポストロックやハウス/テクノなど、こちらもやはりエレクトロ系が多くなっています。
ファンダメンタルズの変化は、トップデザイナーの変遷と時代の空気そのもの。クラシックのカール・ラガーフェルド、モッズのトム・フォード、グランジのマーク・ジェイコブス、脱構築のマルタン・マルジェラや川久保玲さん、ロックのエディ・スリマン、近未来SFのニコラ・ジェスキエールときて、現在は、デムナやアンソニー・ヴァカレロといったディストピアな新世代がテクノ推し。
明るくキラキラと輝いていたモードの世界が、今はダークで無機質で不穏なムードに変わっているのを、音楽も反映しています。


今のところ、ミシェルさんとフレデリックさんの2人だけにパリ/ミラノの仕事が集中している状態ですが、これは仕事が増えるにつれ分業化していった結果、ファッションショーに特化した、複雑な専門知識と大規模化するプロダクションを、会社規模でコントロールするようになったことが理由のひとつ。
ミシェルさんはコンサル法人のMichel Gaubert SARLと、パリ最大手の制作会社La Mode en Image(ラ・モード・アン・イマージュ)という二段構え。フレデリックさんは自社Studio Frédéric Sanchezと、小規模ながらクオリティの高さに定評のある制作会社Bureau Betak(ビューロー・ベタック)のクリエイティブ・タッグ。
これらは、音楽アーカイブを構築、選定、調整する選曲チームや、法的権利処理のリーガルチーム、会場の音響設計チームなど、各部署が連携して、コレクションの音楽を管理する体制になっています。
音響設計チームは、会場でのスピーカーの設置やサブベースの位相管理を担当。L-Acoustics社などハイエンド・スピーカーを数十台持ち込み、客席の耳の高さ、さらにモデルさんの歩く歩数に合わせてディレイ(音の遅延)を1ミリ秒単位で調整しているそうです。
毎回会場が違い、毎回スクラップ&ビルド。同じ会場を数時間後に別メゾンが使うことも多く、超高速で全プロダクションを入れ替える必要があります。コンサートホールやナイトクラブなど、最初から音響設計を考慮した建築ではなく、天高のコンクリビルや野外などPAにとって悪夢の環境を、造作設営チームと連携して、最高に音の良い会場に仕立て上げなくてはいけません。
この特殊でシビアな条件下では、相当な経験値とオーガナイズ能力がないと、コレクションのスタート時間に間に合わないです。
昔はスタートが30分~1時間程度遅れ、時間通りに会場に行っても待たされるのが常識でしたが、今はYouTube、Instagram、TikTokでの同時生配信ライブ中継のスタート時間が、全世界に事前SNS告知されるので、絶対遅れないように、テレビ中継レベルのプロダクション・チームが組まれているそうです。
アナ・ウィンターを敵に廻すよりも、放送開始まで待機している視聴者を待たせる方が怖いという、何ともデジタル民主主義な世の中になりました。つまり放送チームがタイムキーパーをやっているので、音響チームは1秒たりとも遅延できません。
ミシェルさんに選曲を頼んだ場合、La Mode en Imagesがライブ配信を担当し、完璧に編集したアーカイブ動画も作ってUPしてくれます。メゾンのデジタル・マーケティング部と一回打ち合わせすれば、あとはお任せ。
何もない空間にランウェイを組み、観客席を建築し、照明や音響ハードウェアをインストールし、パリで最高の舞台監督が滞りなく進行し、Youtubeまでやってくれる、至れり尽くせりの「パリコレ専用豪華パッケージ」です。
ここまで来たら単に「音楽を選ぶ人」ではなく、まさに「コレクション音響一式」のプロフェッショナル集団。メゾン側としてはオールインクルードでクオリティも担保されるので、2人のどちらかに頼んだ方がラク。
音と会場はプロにお任せ、デザイナーはランウェイに集中してもらい、マーケとプレスは招待客を選んで席次を決め、Save The Date(スケジュール告知)とInvitation(入場用招待券)を発送すれば準備完了。
ウェブ・マネージャーはパソコンの前で待っておいて予告時間ピッタリに始まる配信を見届け、編集されたアーカイブの完パケをチェックしてGoサインを出すだけです。
下手にデザイナーが友達DJなど連れてきた日には、レンタル機材屋さんや楽曲クリアランスの弁護士さん、音響エンジニアなどを分離発注で雇わないといけませんし、社内ウェブチームは10分の配信とアーカイブのためだけに途方もない労力を使うことになります。
しかも、もし友達DJがかけたマニアなブート音源が監視AIに検知されると、YouTubeから即座に動画がBANされ、数億円のマーケティング費用がドブに捨てられる大惨事に。絶対失敗できないビッグメゾンほど、ワンストップのプロに依頼するしか選択肢がありません。


インフラ面だけではなくクリエイティブ面でも、2人に仕事が集中しているのには理由があります。彼らが「ファッションデザイナーと同じレベルで話せる人」だからです。ハイエンドのファッション業界は、この感覚が分かる人しか入ってこれないので、恐ろしいほど閉鎖的・排他的。
70年代のドーヴィルはこんなフィーリング、40年代のアーヴィング・ペンならこのトーン&マナー、60年代のロブ=グリエはこのムード、と、いろんな時代のカルチャーやアートの知識を網羅する理論武装が必須です。
最新のハーパースを見て「30年代のスキャパレリが元ネタですね」と言えない人は、ブリーフィングの前にサヨウナラ。ファッションも実はサンプリング文化なので、オリジナルを知らない人はお話になりません。パリコレとは本来、インテリの知識自慢大会です。
音を作る場合、デザイナーから「今回のコレクション、こんな感じ。音楽よろしこ!」と古い写真やムードボードを見せられ、デモを持っていくと「コレじゃないのよねえ…」と全否定、コレクション直前まで何回も作り直す、という具合に進む禅問答の世界。
デザイナーがやりたいことを把握するのに、相当勉強しておかないと、提示される資料が理解できません。そこから音を選ぶには、あらゆるジャンルの音楽と、その歴史的背景を知っておいて、リーズナブルかつレコグナイザブルな選曲のコンテクストを構築する必要があります。
このように、クラブDJとはまったく次元が異なるのが、ファッションショーの選曲仕事。
逆に専門家2人以外の、友達DJに音を頼んでいるメゾンは、この意味不明な「パリコレ知識自慢大会」がキライで、自分たちが好きなカルチャーと音楽をやりたいということ。
誰もドビュッシーなど聴いていない現代において、インテリ選曲家が作り込み、ファッション評論家が解き明かすオペラからテクノへの脱構築理論など、必要とされていません。単純に好きなハウスやテクノやヒップホップをかけて何が悪いんじゃい!というのが、新世代。
ストリートとハイファッションの境界があいまいになってきている今、ファッションショーの音楽でも同じことが起こっていると言えます。お金持ち層が、伝統的な貴族階級からテック系やアジア人など全然別の人種に変わったこともあり、歴史と文化を重んじる堅苦しい理屈めいたルールは薄れ、カジュアル化していく流れは止まらなさそうです。
ファッション業界でDJする方法
さて、表題の「パリコレでDJする方法」ですが、上記のような業界事情により、ビッグメゾンのメインコレクションの選曲仕事に入り込むのは現在ほぼ不可能です。無名のファッションデザイナーとお友達になり、その人が有名になるのを待って、一緒にパリコレデビューしてください。これが一番近道です。
そのお友達デザイナーの評価が高まり、もしLVMHにハイヤーされた場合、これまでの苦労は水の泡で、突如ミシェルさんに仕事を取られます。プラダグループだとフレデリックさんになります。
Puig(プーチ)に行ってみるという手がありますが、コンサバなので「デムナさんみたいになりたいです、デステクノのコレクションやります」と言ったらドン引きされます。そもそも近年新しいアパレルブランドは買っておらず、香水や化粧品に力を入れており、プレゼン前に門前払いを喰らいます。
ちなみにドリスはフレデリックさん、JPゴルチェはミシェルさんが担当。ふたりともKLやマルジェラに匹敵する大御所なので、会社の指示ではなく、自主的に選んでいます。
友達DJが生き残れるのは、ケリング。デザイナーと友達DJのセットで先鋭的なブランド構築をするインフラが整っています。ゴリゴリのUKGやテクノを爆音でかけても、パリ以外でコレクションをやってもOK。ただし毎月役員室に呼ばれて、IRの月次業績報告書を見ながらあーだこーだ言われた挙句、19か月でクビになるリスクがあります。
P/Lの赤字項目について5時間ぐらいエライ人から説教されたくなかったら、カサブランカさん程度の規模感で好きにやってた方が楽しそうです。
でも、東コレに出ているメゾンがパリコレに移りたい場合、カサブランカさんのようなパリのネットワークがないので、プロダクションが組めず、挫折して開催前に撤退することになります。唯一の解決策は、サカイさんのようにミシェルさんに選曲を依頼する方法。そうなると悲しいことに、友達DJのアナタはお払い箱です。OMG‼
川久保玲さんや山本耀司さんがパリに進出した80年代、彼らは日本からスタッフを引き連れてきて、非常に苦労して独自のインフラとプロダクションを組み、ユニークなコレクションを発表していました。
しかし前章で説明した通り、プロダクションが複雑化・大規模化し、ラグジュアリー系企業もコングロマリット化したことにより、ミシェルさんかフレデリックさん抜きでは、プロダクションをアサインできないという、卑怯な仕組みが出来上がりました。「パリコレやりたいならオレを通せ」という利権構造。
つまり選曲は友達DJがやるから、設営や機材やその他諸々プロダクションだけやってほしい、という発注ができません。ALL or NOTHING。
LVだけミシェルさん抜きでLa Mode en Imageを使い、友達DJと新曲発表会をやっているのは、最大顧客のLVMHがそうしろと言ってるからです。もし「LVもオレに選曲させろ」とゴネたら全仕事切られてミシェルさん終了。ケリングは2者独占カルテル状況を回避するために自社インフラを構築しています。
したがって現在、LVMHやケリングのような権力も財力もなく、カサブランカさんのような地元コミュニティ・ネットワークもない、海外からやってきた独立系ブランドによる、インディペンデントなパリコレ運営は事実上不可能です。
ミシェルさんかフレデリックさんを雇わないと、外資はパリコレに参入できません。参入と同時に友達DJは切られる、というわけです。自国で有名になり大手に引き抜かれても、ケリング以外は友達DJが切られる構造になっているので、友達DJ計画は八方ふさがり。
口が悪くて申し訳ございませんが、TBH、巨匠2人は既得権益をむさぼる老害オジサン、友達DJの敵です。
ディスコDJとしてスタートし、外国人のカール・ラガーフェルドにフックアップされて脱サラDJした人が、いざ偉くなったら、若い外国人DJがパリコレまで登ってこれないようにハシゴを外しました。外国人どころか、フランス人やベルギー人でも難しいです。シャネルの期間限定ラジオの仕事がもらえる程度、メインコレクションは永遠にまわってきません。
マルジェラは、自分の名前は重要じゃないんだと言って、メインコレクションのネームタグ、白いんですよね? なぜフレデリックさんの名前を出さないと、パリのあらゆる制作会社が見積すらくれないんでしょうか。1社来たと思ったら、想定の3倍です。
フランキーの曲で有名になっておいて、ルイ・ヴェガのショーを自主制作に追い込んでいるんです。こんな大人になってはいけません、成功してお金持ちになったら、リカルド・ティッシのように若者をフックアップしましょう。
当初の「パリコレでDJする方法」に戻りますが、お友達デザイナーが、たとえばアントワープやセント・マーティンズで勉強していて、最初からヨーロッパが活動基盤なら、パリやロンドンやブリュッセルで友達地元ネットワークを広げて、手作りコレクションが開催できるかもしれません。要は談合している巨匠と下請けではないイベント制作会社を探せば、何とかなりそうです。
それで最も成功している例が、カサブランカさんだとすると、彼らがものすごくパンクでカウンターな存在に見えてきます。パリコレ利権マフィアに対抗して、クラブ系ネットワークでプロダクションを組み、教会にルイ・ヴェガを呼んでハウスをやるって、D.I.Y.スピリット極まっています。しかもあのクオリティ。
「ストリート発・音楽系・セレブ御用達」で同じように見えつつ、大資本を盾に社内録音スタジオで新曲を作っている「HAPPY」な人とは真逆。グラスルーツでインディペンデントでコンシャスなブランドのようです。
パリコレにはカサブランカさん以外にも、アンチ大企業という姿勢を明確に打ち出している独立系ブランドがいくつか出ており、エコやパンク、SK8など、それぞれわかりやすい特長を武器に、手作りコレクションを披露し、アンダーグラウンドなコミュニティの支持を集めているそうです。
意地悪な老害オジサンたちが、機材やノウハウを持っている会社を使わせてくれないし、お金払って使うと、老害オジサンのインテリうんちくてんこ盛りBGMかけなきゃいけないし、アンチにもなって当然。
いずれにしてもパリコレDJは、ほとんど非現実的なイバラの道。もうファッション業界でのDJは絶望的…かというと、そうでもありません。全体的にカジュアル化して、ブランディング/マーケティングの一環としてDJはハイデマンドなので、別の方法があります。
まずは、最近よくDJのプロフィールで見かける、アフターパーティのDJ。これは普通のパーティDJなので、旬の若いクラブDJを選ぶことが多いです。ハニー・ディジョンさんは、このチャンスをつかみ、業界最大手のLVMHまでたどり着きました。
ハニーさんのアフターパーティDJ以降は「超」のつくシンデレラ・ストーリーで、簡単にはマネできません。LGBTQとアフリカン・アメリカンの強固なコミュニティ・ネットワークがベースにあることは想像に難くなく、また彼女のベルリンの自宅写真を見ると、大量の写真集やアートブックが整然と並んでいるので、元からファッションやアートが大好きで、今も積極的に勉強していることが伺えます。
つまり彼女の成功は音楽の才能や人柄に加えて、アイデンティティ+熱意+努力の結果です。いくらイビサで遊んでお金持ちオジサンをつかまえても、ハニーさんの地点には到達できません。服を買う前に、本を買いましょう。
それから、アディダスやナイキ、プーマといった、ファッション寄りのアパレルをやっているスポーツブランドのイベントDJ。こちらはDJ兼モデルといった、グッドルッキンな女の子DJがブックされることが増えました。
このようなイベントは実質、企業はほとんど関係しておらず、広告代理店やイベント会社が仕切るので、そういった会社に顔を売っておくと良さそうです。ここを目指すなら、レコードよりも服を買いましょう。
この2パターンなら、PhDを持っていなくても、グロピウスやブロドヴィッチが誰だか知らなくても、とりあえずOKです。高慢ちきなエディターやスタイリストから、ファッション分かってないと叩かれる心配もありません。
日本国内ではそんなパーティやイベントは少ないかもしれませんが、もし機会があればぜひファッション業界でのDJにトライしてみてはいかがでしょうか。全然ファッショナブルではないファッション業界の裏側をチラリと見ることになるかもしれません。

