一昔前までは、今よりもDJミックスを評価することは簡単でした。レコードやCDJといった限定されたフォーマットで、操作方法も今より多様化されておらず、比較がシンプルだったからです。
しかし現代では、レコード、CDJのみならず、USB、PCDJ、DJコントローラー、iPadアプリなどが駆使され、さらにDJソフトではRekordbox、Serato、Traktor、Djay、Abletonなど、使用する機材により技術的な特徴があり、たくさんの選択肢があります。
そして、プレイされる音楽ジャンルも日々増えており、ジャンルによって当然ミックスへのアプローチは全く違ってきます。
リスナーの音楽、DJの知識や経験値によっても評価は分かれてくるうえ、DJミックスにおいて何を重要視しているかは人によって千差万別です。
例えば、
- ミックスのスムーズさ
- ストーリー構成
- いかに踊れるか
- 音質
- 楽曲同士のキー
- グルーヴ感
- 低音の強さ
- 感情の揺さぶり度合い
- スクラッチ、トリック、エフェクターなどのパフォーマンス性
など、パッと思いつく項目だけでも結構あります。
曲間がわからないくらいスムーズなミックスを重要視するという人もいれば、ストーリーを感じさせるミックスが最高だという人もいます。ダンスミュージックは踊れる要素が一番大事という人や、ミュージシャンや音楽家では楽曲同士のキーが合っているかどうかにシビアな人もいると思います。
また、リスナーの気分や状況によって、聴きたい音楽のテイストは変化し、ミックスに対する優先順位も変わるでしょう。クラブで踊りながら聴くことと、家でソファに座りながら聴くことでは、DJミックスに対する印象が変わります。クラブでは、多少の音楽的要素が破綻していたとしてもダンサブルでグルービーな構成を期待するかもしれませんし、自宅など落ち着いたスペースではキーの相性を重視するなど、より音楽的なミックスを期待するかもしれません。
そう考えると、DJミックスを評価するということは簡単なようで、実はなかなか考えるべきことが多いのだと気付かされます。
ここでは、DJバトルに見られるようなスクラッチや、トリック系ではさらに違った視点での評価が必要となるため考慮せず、選曲を中心としたDJミックスという観点から色々と考察をしてみたいと思います。
ライブミックスとスタジオミックス
まず、スタジオで制作されたミックスか、ライブで行われたミックスかで、DJ側のミックスのアプローチの方法が変わるため、単純に同系列で評価を下すことが出来ないというのがあります。
時間をかけて、スタジオで制作されたものと、ライブで一発録りされたミックスではクオリティーに差があるのは当然かもしれません。
近年では、DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション : 音楽編集ソフト)のおかげで、少し勉強すれば、誰でも簡単に音を編集することが出来るようになりました。
そのため、録音ファイルなどの場合、例えライブミックスであっても、後日ミスした箇所だけ編集すればキレイなミックスを作ることが可能だということです。スタジオミックスに至っては、タイムストレッチを行えば、音楽ファイルとDAWがあれば、DJ機材に一切触れることなくノーミスの完璧なミックスを制作することも出来るわけです。そのため、選曲は別として、テクニック面の評価を録音ファイルなど音源のみから判断することは難しくなっています。
録音ファイルではなく、現場でリアルタイムで聴いたミックス、またはDJミックスの動画や、ストリーミングの方が正確な評価がしやすいと言えるかもしれません。
ミックス環境
DJミックスの完成度は、ミックスする環境によって技術的な負担が変わるというのがあります。
音響設備のきちんと整っている場合もあれば、会場によってはターンテーブルや機材がメンテナンスされておらず、回転ムラがあったり、ミキサーが故障している場合もあります。時にはブースモニターがない場合もあり、音が聴き取りづらくミックスが困難な場所も存在します。
自宅の落ち着いたスペースでミックスするのと、大音量のクラブでミックスするのでは心理的にも違いがあるでしょう。クラブであっても音響設備がしっかり調整されていれば、自宅以上に正確にミックス出来る場合もあります。
録音物の場合、本人であれば、ミックスが困難な場所で録音したものをWEB上にアップすることはほぼないでしょうが、関係者やお客さんによってアップされてしまう場合もあるかもしれません。
クラブや、ストリーミングなどリアルタイムで聴いているお客さんからすれば、ミックス環境に関する事情はわからないため、非常にミックスしづらい環境でのプレイによって、「このDJイマイチだね」なんてこともあり得るわけです。
もちろん、DJはどのような環境でもうまく対応出来るように日々練習していますが、環境によってはベストなプレイからは程遠いこともあるということです。
即興的選曲 or セットリスト
DJミックスを評価するうえで、音楽会場となる現場で即興的に組み上げているのか、事前にがっちりセットリストを組んでいるのかという部分も考えるに値します。
もちろん、テクニック、繋ぎの部分で言えば事前に準備をした方がうまくいく確率が高いのは当然でしょう。しかし、DJという形態は基本的には演奏者と聴衆者が存在し、リアルであれヴァーチャルであれ空間を共有する音楽体験です。
つまり会場となる空間の要素によっても求められる内容が変わってくるわけです。
1から10まで決まった曲順でショーケース的なDJプレイを提供することで、会場の空気とうまくマッチすれば良い結果となるでしょう。しかし、柔軟にその瞬間にあった最適な音楽を選択し提供することが出来れば、難易度は上がりますが、ショーケース的なDJ以上の素晴らしい結果になることがあります。
人によっては両方の良い部分を取り入れるため、数曲ずつ曲順を決めたパターンをいくつも作成し、会場の雰囲気でパターンを組み替えるという中間的な方法でDJを行う人もいるでしょう。
即興的に選曲をしているDJの場合、現場の空気感を含めてのミックスのため、イベント参加者が素晴らしい一夜で過去最高のDJだったと感じても、イベントに参加しなかった人には伝わりづらく、会場で録音されたミックスを後日に聴いても、ピンと来ないということもあり得るわけです。
オートシンク
ピッチ(テンポ)が大きくズレてキックがドタバタする現象は、DJとしては最も避けたいことの一つであり、少しのズレは許容範囲となりますが、大きなズレは聴衆者に一発で下手という印象を与えてしまうものです。そのため、ピッチを合わせることは何よりも優先され、ロングミックスをすることも多い四つ打ち系のDJは特に神経を使っている部分です。
オートシンクの受動的使用なのか、能動的使用なのかによっても意見が分かれるかと思いますが、オートシンクの使用については、DJ業界で賛否両論あり、長年議論されて来た最も白熱しやすい議題の一つです。
ただ単純にピッチを合わすのが苦手、面倒だからオートシンクを使うという受動的なスタンスと、ピッチを合わせる時間をなくすことによって、よりクリエイティビティを発揮するために使うというスタンスでは大きく内容が違います。
能動的な使用というのは近年のRichie Hawtin(リッチー・ホウティン)などのDJプレイにあるように、そこではピッチを合わせるという行為は存在せず、その時間をひたすらクリエイティビティに費やしています。
ピッチを合わせるのがDJの醍醐味で単純に楽しいという人や、若干のピッチの揺れが人間味を持たせ味わいを出すという意見もありますし、ピッチが合っているかどうかがDJの全てではありませんが、DJミックスの技術力の一つの指標になっているため、オートシンクの使用か否か、その使い方でも評価に関わってくる部分であります。
機材の違い
ターンテーブル、CDJ、PCDJ、DJコントローラー、iPad、DJミキサーなど、機材の違いによって、技術的に出来ることの範囲が違います。どういった機材を選ぶかはDJが主にプレイする音楽ジャンルや、何を重視しているかによって左右されることが多いと思います。
前述のオートシンクもそうですが、アナログ機材とデジタル機材では技術的に違いがあります。
例えば、ターンテーブルだとキーを固定したままテンポを変更することは出来ませんが、ターンテーブル以外の機材なら、デジタル変換されているため、キーを固定したままテンポを変更することが出来たり、任意のキーに変更することが出来ます。つまり、簡単にハーモニーミキシングが出来るため、2曲間の調和を生み出しやすいということがあります。
その他にも、CUEやHOT CUEの機能を使うと、瞬時に任意の場所から再生することが出来ますし、同じ区間をループ再生する機能もありますので、ミックスがやりやすくなるうえに、クリエイティブなプレイに活かすということも出来ます。
DJミキサーでいえば、各バンドにアイソレーターが付いていて歯切れの良いカットのミックスが行える機種もあれば、EQのローとハイの2つしか付いていないといった機種もありますし、ロータリーミキサーならエフェクターも内臓していないし、当然BPMカウンターなどもありません。
利便性のみを考えると、デジタル機材に軍配が上がります。しかし、アナログ機材にしか出せない質感があるので、利便性を放棄してでも質感を重視するというDJも多く存在するわけです。
このように音質を重視するか、機能を重視するかといった選択を常にDJは行っているため、リスナー側から見ても、自分がDJミックスに何を求めているかによって評価は変わってくるでしょう。
ミックスジャンルの範囲
いわゆる四つ打ちといわれるジャンルの中だけでも、多くのサブジャンルが存在します。例えば、ハウス、テクノ、ミニマル、テックハウス、EDM、フューチャーハウスなどです。
そのため、ジャンルを横断する多様性のあるミックスなのか、一つのジャンルのみに絞ったミックスなのかでもリスナーの印象は変わります。中には、四つ打ちから、ダブ、レゲエ、ドラムンベースやヒップホップなど、四つ打ち以外のジャンルへとミックスを横断するDJもいます。
基本的には同じジャンル同士の方がミックスは違和感なく繋がります。とはいえ、色んなジャンルを横断するDJのミックスの方が必ずしも優れているとは一概には言えません。それはミックスの濃縮度が変わってくるからです。一つのジャンルをひたすら探求しているDJは、誰よりもそのジャンルの曲を知り尽くしている職人のような部分があるので、より深く酩酊感、エクスタシーを生じさせることに長けているからです。
一度にたくさんの色々な音楽をミックスして聴けるから好みだと思うリスナーがいる一方で、決まったジャンルのみのミックスの方が深く音楽に浸れるから好みだと思うリスナーもいるわけです。
リスナーの音楽知識
DJミックスの評価はリスナーの音楽知識に左右されることもあります。
例えば、
- 同じレーベルやアーティストの曲でつなぐ
- 同じ年代の曲でつなぐ
- ボーカル曲において、歌詞の意味でつなぐ
- サンプリングされた曲があったとしたら、元ネタとなる曲を先にかけてからつなぐ
- シカゴハウス→アシッドハウス→テックハウスのように歴史の背景に沿ってつなぐ
などは、リスナーの知識によってミックスの受け取り方が変わってくるでしょう。
歌詞が英語の場合、英語のわかる人とわからない人で受け取り方は違うし、同じレーベルの曲や、サンプリングの曲などはかなり音楽知識がないとわからないものです。
また、70年代、80年代の曲は、バンドが人力で演奏していた曲も多くテンポが一定ではないため、ミックスが難しい曲もあります。そのため、カットインを多用したり、フェードイン、フェードアウトでつなぐ場合もあるわけです。全ての曲を同じようにミックス出来ると思っている人からすれば、「なんでミックスしないの?」となることもあるかもしれません。
そのため、最近ではミックスがしやすいように、リエディットという形で、昔の曲をテンポが一定になるように整えてリリースされることも多いです。
<The Loft>のDavid Mancuso(デビッド・マンキューソ)はミックスをしないことで有名でした。ミュージシャンに対するリスペクトと、ミックスをしない方が美しいと考えていたため、最初から最後まで曲を流して、次の曲をプレイするというDJ方法でしたが、偉大なるDJとして異存がある人はいないでしょう。
まとめ
DJミックス・選曲を評価するいうことは意外と単純ではなく、いかようにも掘り下げることが可能で、明確な答えが出せないものです。今回取り上げた部分以外でも考察すべき題材もあるでしょう。DJのその時の調子によっても違うだろうし、リスナーの状況によっても評価が変わると思います。
ちなみに個人的にDJミックスを聴く時に、最も重視している項目をあえて一つだけ選ぶとすれば、それはグルーヴ感です。抽象的な意味合いではなく、曲と曲の音楽的なノリが合っているかどうかという意味合いのものです。
DJミックスの考察は以上となります。時には自分の好みの優先順位を意識的に変えて、DJミックスを探してみると新しい発見に繋がるかもしれません。