Ableton Liveの主な開発者の一人で、Monolakeとしても活動するRobert Henkeが、Podcast「My Forever Studio」に出演しました。
この番組では、ゲストがコンピューター、DAW、オーディオインターフェイスに加えてスタジオ機材6点と贅沢品1点を選び、この先ずっと使い続けるスタジオを組み立てます。
Henkeはその「DAW」の枠にMax/MSPだけを選び、曲やアルバムごとに専用の道具を自分で作る構想を語りました。
6点の機材の最後に入れたのも、自作の8ビットコンピューターです。
Henkeは公式サイトで、自分を「アーティスティックなツールメーカーであり、ツールを作るアーティスト」と紹介しています。
Monolakeは1995年にGerhard Behlesとのデュオとして始まり、1999年からはHenkeのソロプロジェクトになりました。
番組の冒頭では、エンジニアの家系に生まれ、Siemensのような会社に入るのが決まった進路で、音楽や創作は選択肢になかったと振り返っています。
それでも10代で電子音楽に出会い、アルバイト代で最初のシンセJuno-6を買って、自作のミキサーとカセットでピンポン録音を重ねていたそうです。
1990年の初めにベルリンへ移り、生まれたばかりのクラブミュージックのシーンに加わったことで、進路についての考えが大きく変わりました。
現地での刺激は2つあり、ひとつはベルリン工科大学でコンピューターサイエンスを学び、電子音楽スタジオでJohn ChowningやIannis Xenakisらの作品に触れたことです。
もうひとつは、Tresorなどのクラブで、ドラムマシンとディレイとベースラインだけで音楽が成り立つと知ったことでした。
初めてTresorに行ったときは「ここは地獄だ、二度と来ない」と思ったものの、強い衝撃を受けて翌日また足を運んでいます。
複雑さや長いリバーブに惹かれていたHenkeは、正反対に見えるクラブも音と空間の体験が中心だと気づき、自分の仕事はその2つの極のあいだにあると考えるようになりました。
技術者としての自分とも折り合いをつけ、エンジニアリングは芸術と無関係だという思い込みから自由になると、可能性が無限に感じられたといいます。
大学の機材を離れて最初に組んだスタジオは、小さなミキサー、リバーブ、Notatorを動かすAtari、サンプラーのASR-10という典型的な構成でした。
リバーブのAlesis Quadraverbはいまも好きで、壊れたり盗まれたりしながら30年で4台を使ってきました。
ディフュージョンをゼロにするとスネアが粒状に崩れたエコーになり、その音は1997年の『Hongkong』や『Interstate』のあちこちに入っています。
当時はBehlesとのデュオで、2人でジャムをしながら、テープがいっぱいになるまで2時間ほどDATに録り続けていました。
編集作業では、大学でチューターをしていたBehlesのつてで、夜中の電子音楽スタジオを「もちろん、かなり違法に」使っていたそうです。
つねに設定を動かしながら録った素材を編集でつなぐので、編集点ごとに音色も変わり、それが美しく力強いとHenkeは語りました。
最近はまたコラージュ的に作ることが増え、曲にする当てがなくても面白い音を録っておき、気が向いたら自作のサンプル集から響いたものを放り込んでいきます。
ひとつひとつの音を際限なく磨き込む堂々巡りを避けられ、この方法で自分をだまして創作に戻ることもよくあるといいます。
Liveを作った本人がハードウェアを使い続ける理由も聞かれ、ノートパソコンだけで済ませようと考えた時期もあったと認めました。
それでも戻ったのは、それぞれ独自の美しさを持つ機械から喜びを得られるからです。
PPGを作ったWolfgang Palmや、親しい友人だったDave Smithら作り手とも話してきたHenkeは、完璧でなくても個性を放つ機械を弾くと、作った人の愛情を感じるそうです。
好奇心で買った機材で遊び、後で同じことがソフトウェアでできると気づくことも多かったものの、音の良さに気づくにはハードウェアという回り道が必要だったと語りました。
Henkeは2025年2月、公式サイトに載せたエッセイ「The Studio Paradox」で、大きな電子音楽スタジオが創造性を妨げかねない重荷になったと書いています。
「スタジオの機材が少ないほど、間違った方向に費やす時間も減る」と述べる一方で、古い機械は売らないとも書き添えました。
番組の本題で、HenkeがDAWに挙げたのはMax/MSPでした。
MaxはMax for Liveの形でLiveにも含まれていますが、「Maxだけを使いたい」と譲りません。
あと少なくとも50年か60年は生きるつもりなので、そのあいだずっと夢中になれるものが必要だという理由だそうです。
Maxでは、構成を作り曲を仕上げるための仕組みそのものから自分で組まなければなりません。
トラックやエフェクトといった、一般的なDAWが必ず抱えている考え方を持ち込まずに、ゼロから始めてみたいといいます。
司会に「DAWを一から作るということか」と聞かれると、Henkeは「それは愚かだ」と否定しました。
代わりに、曲やアルバムごとに、その目的だけを果たすMaxのパッチを作ります。
サンプルだけの曲ならサンプルプレーヤー、ポリリズムが中心の曲ならポリリズムを生む仕組みを作り、最後に録音用のオブジェクトを置けば完成です。
Ableton Liveの開発の裏話もあり、CDJが登場してNative InstrumentsがDJソフトを作り始めた頃には、DJ版を派生させる案もあったそうです。
ただ、ほかと差別化でき、DJにも合う機能の組み合わせで合意できずに断念し、Henkeはそれでよかったと振り返りました。
いまDAWを一から作るなら機能を削るといい、Groove Poolは理論上すごいことができても単にスイングをかける邪魔になっている「作り込みすぎの悲劇」だと表現しています。
Forever Studioの場所は、地球温暖化を考えて南の土地を避け、山があって観光客が少なく空港に近いところとして、スコットランドに決まりました。
思い描くのは、植物がたくさんあって友人と一緒に音楽を作れる、40〜50平方メートルほどの「リビングルームのスタジオ」です。
コンピューターとインターフェイスには「どうでもいい」と答え、いまのスタジオも2018年のiMacで十分だといいます。
57歳で聴こえる周波数の上限も下がったので音質にはこだわらず、最終的にM4のMac StudioとRME Fireface UFX IIIに落ち着きました。
6点の1点目は、ATCでいちばん大きなスタジオモニターと専用サブウーファーのステレオ一式で、司会によるとモデルはSCM300ASL Proです。
ヴィンテージではない現行モデルなので長持ちし、聴こえる音が本物だと安心できる点を理由に挙げています。
壁には埋め込まず金属製のキャスター付きの台に載せ、配置を変えたいときや屋外で鳴らしたいときに転がして動かしたいそうです。
2点目の鍵盤には、何年も夢中になれるものとしてExpressive EのOsmoseを選び、音源は「プログラムするのは悪夢」でも非常に高性能だと評しました。
物理モデリングの音源を目当てに買ったところ、鍵を後からさらに押し込んで音ごとに複雑な変調をかけられる感触が、すぐにほかの鍵盤でも恋しくなったといいます。
2024年のアルバム『Studio』でもかなり多く使っていますが、ロックのソロのようなベンドには文化的に抵抗があり、かけ方はごく控えめにしています。
3点目はDoepferのPocket Faderで、16本のMIDIフェーダーだけを備えた箱です。
エンジニアにはフェーダーがふさわしく、16本のフェーダーとMaxがあれば、メロディーもコード進行も音の劇的な変化も描けるとHenkeは言います。
発売当初に買って以来使い続けていて、30年動いてきたのだから、あと30年は動くはずだと自信を見せました。
ライブでは左の8本をマスターのグラフィックEQにして、耳に刺さる帯域や120Hz、50Hz、300Hzあたりをその場で操作しています。
20年同じ設定で使ってきたので、もう体の一部のようだそうです。
4点目は、DAWを使わないぶん内蔵エフェクトの代わりになるEventideのH9000です。
旧来の象徴的なEventide製品に比べると見た目は不格好で「変装したコンピューター」だと評しつつ、手元のH3000では思いもつかないことができるはずだと選定の理由を語っています。
5点目には、アナログで遊べる定番として、KorgによるARP 2600の復刻版を挙げました。
番組はバンドルを1点として数えることを禁じていて、Henkeは大きなモジュラーシステムも実質的にはバンドルだと考えています。
ARP 2600はほぼ一人の作り手が全体を考えて作ったので個性があり、定番の音を作ってサンプリングし、Maxで使うつもりだといいます。
復刻版を選んだのは、MIDIがあるうえ、ヴィンテージ機の修理はもう十分経験していて、長く使える機材で音楽を作りたいからです。
修理の話からは、電源を入れると部屋が暖まるという、冷蔵庫ほどの大きさのSynclavierのタワーにも話が及びました。
100kHzのサンプリングレートを持ち、低く移調すると補間をせずに読み出しを遅くするだけなので、独特の荒々しい質感が出るそうです。
Henkeによると、Grace Jonesの『Slave to the Rhythm』やKraftwerkの『Electric Café』は、この機械のサンプリングで埋め尽くされています。
ただ、壮大でも機能は限られているので6点には入れず、壁にポスターを貼ることにしました。
最後の6点目は、世界に1台しかない自作の8ビットコンピューター「Firebird」です。
1MHzで動き、RAMは32KB、アセンブラでなければまともにプログラムできない作りで、2チャンネルの8ビットDAボードとヴィンテージの音声合成チップを積んでいます。
公式サイトの経歴によると、2021年に作った6502ベースのコンピューターで、2024年に8ビットDACと音声合成のボードが加わりました。
もともとは、1980年のコンピューター5台で演奏するプロジェクト「CBM 8032 AV」で、ステップシーケンサー役の1台に外部クロックを送るために作ったものです。
EurorackのLFOでは映像と音を長時間同期させるには安定せず、簡単なクロック発生器を自作してもうまくいきませんでした。
そこで、古いコンピューターの仕組みはもう十分分かっているのだからと、小さなコンピューターを自分で作ることにしたといいます。
3か月のつもりが、ほかの仕事を挟みながら9か月ほどかかりました。
完成後は、スイングや、曲や場面ごとにテンポを変える機能など、当初は考えていなかった機能も足せるようになっています。
音源カードや音声合成カードを加える発想も生まれ、1980年代のSpeak & Spellのような音も再現できます。
Forever Studioに持ち込むのは、計画だけで作っていない8ボイス版で、サンプリングはできなくてもPPGにできることはすべてこなせる想定です。
Maxから操作する予定で、番組の終盤には「8ボイスなんてもう古い」と16ボイスに広げ、司会に「Firebird 16」と呼ばれていました。
贅沢品には、自分の考え方やプログラミングにつながるものとして、Manfred Mohrのようなコンピューターグラフィックスの先駆者によるプロッター画の原画を選んでいます。
番組の最後には、Field Recordsから出る『Interstate』の再発にも触れました。
1999年に出たこのアルバムは、Monolakeの2作目で、自分たちのレーベルから出した最初の作品です。
2026年の2枚組LPは、Henke自身が新たにマスタリングしています。
ふだんは自作を聴き返さないものの、今回聴き直して、まだ気に入っていることにうれしい驚きがあったそうです。
当初のマスタリングは知識も機材も足りず細部がつぶれていたので、見つかった元のセッション録音から何曲かを編集し直したといいます。
ここ数年ツアーしてきた「CBM 8032 AV」の公演は、Commodoreのコンピューターが大きく古いので、バンで慎重に運べるヨーロッパでしか開けません。
そこで次は飛行機で運びやすいレーザーを使った作品にしようと決め、3年近く取り組んできました。
公式サイトによると、新作「FIRST LIGHT」はBarbican Centreの委嘱作品で、2026年11月7日にロンドンのBarbican Concert Hallで初演されます。
レーザー制御のソフトウェアも音のプラグインも自作していて、その開発の過程で、既存の技術からは生まれないアイデアが出てくるのだと語りました。
何かを作ると決めることはほかの多くの選択肢を捨てることでもあり、アイデアでいっぱいのノートから実際に力を注ぐのはごく一部だといいます。
最後に労力に見合う結果が出ると本当に信じられるかという問いが、よいフィルターになっているそうです。
司会はこれを、冒頭のエンジニアリングと芸術の話と対になる締めくくりだと受け止め、番組を終えました。
このエピソードの全編はMy Forever Studioのポッドキャストで聴けます。

