KAYTRANADA(ケイトラナダ)
マジックナンバー108。ハウスのような、ヒップホップのような、R&Bのような、何ともカテゴライズできない不思議なプロダクションが常に注目を集め、アーティスト性を損なうことなくグラミーを獲っているカナダ出身のプロデューサーKAYTRANADA(ケイトラナダ)。
ハウスリスナーに見落とされがちな彼ですが、BPM108という、ハウスとヒップホップの中間のスピードで、独自のクリエイティブを続けるブラック・ミュージックの探究者を、ハウス目線で紹介します。
カリブ海に浮かぶ、イスパニョール島の西側を占めるハイチ。独裁政権やクーデターが絶え間なく続き、今もなお神に見放された不運な国の首都、ポルトー・プランスに、ケイトラナダことLouis Kevin Celestin(ルイス・ケヴィン・セレスティン)は生まれました。
生活環境に不安を覚えた両親は、生後間もないルイスを連れて、カナダのケベック州、サン・ユベールに移住。
14歳の時、両親は離婚するものの、同時期、兄弟のLou Phelps(ルー・フェルプス)からFLスタジオを教えてもらい、音楽をつくることに熱中します。はじめて作ったのはEarth Wind & Fireの「September」をサンプリングした曲。
2010年よりKaytradamus(ケイトラダムス)名義でSound Cloudでの音源公開を開始し、2012年からはKaytranada(ケイトラナダ/のちに大文字)に変更。この一風変わった名前は、本名のKevin+ノストラダムス、Kevin+スペイン語のNada=Nothing。クールに聞こえるしジョークっぽい、と本人が語っています。
ケイトラナダを名乗り始めた2012年、Janet Jacksonの「If」のブートRemixがヒット。
Janet Jackson – If(Kaytranada Remix)(2012)
すでに、いわゆる「ケイトラ・ビート」が出来上がっていますが、これは4ビートのキックドラムに、2と4のスネアが遅れて乗っかるシンコペーション・リズム。MPCを手で打ってズラす手法は、J Dilla(ジェイ・ディラ)が発明したものです。
J・ディラの「ドランク・ドラム」もしくは「レイジー・ドラム」は、MPC3000のタイミング・コレクトをオフにし、手でドラムパッドを叩き、正確なテンポより多少ズレたキック、スネア、ハイハットを重ねた、複雑なポリリズム。従来のブーンバップとは異なるリズムのビートを生み出したことで、彼はいまだに「ビートメイカー・キング」と呼ばれています。
ケイトラナダのポリリズムは、FLの正確なキックに、Akai MPD24でズラして打ったスネアを重ねたもの。ベースやハイハットも若干早かったり遅かったり、キックドラム以外はオフグリッドに配置されています。
つまり文字通り、プレサイス(精密)なハウスと、レイジー(怠惰)なヒップホップのハイブリッド。彼が影響を受けたアーティストにMasters At WorkとJ・ディラを挙げているのは偶然ではありません。
2013年、トロントのインディレーベルHW&W Recordingsと契約。数曲をリリースします。
KAYTRANADA – AT ALL(2013)
「If」の時から顕著なように、ウワモノは細かくチョップしています。もちろんTodd Edwards(トッド・エドワーズ)のマイクロ・サンプルを参照していますが、チョップした各ピースの長さも置き場所も絶妙で、リズム隊とあわさると「なんだかズレていて、何かが欠けているようで、ぎこちなくて、一筋縄でいかない」ような感覚に襲われます。
この頃、曲を聴いたRick Rubin(リック・ルービン)から電話がかかってきて、マリブのShangri-La studio(シャングリラ・スタジオ)に招待されます。世にゴマンといるSoundcloudアマチュア・アーティストのひとりだったケイトラナダが、突如、天才プロデューサーに見初められた期待の新星として、急速に注目を浴び始めます。
リック・ルービンは、ケイトラ・ビートの革新性とオリジナリティに気づいており、スタジオに呼んだ時に「I love the sound, just keep going.」と言ったといいます。
つまり、この奇異なビートはとてもイイから、自分のクリエイティブは変えるな、そのままいけ、ということ。ケイトラはリック・ルービンをメンターとし、制作を続けます。

リック・ルービンは、楽器を弾けず、卓もいじれない「スーパー・プロデューサー」。助言を求めてやってくるアーティストに対し、カウチに寝そべり、何かひとこと言うだけで超高額のコンサルフィーを取り、その後に完成した楽曲からロイヤルティ(2~3%)もチャージする、セレブ弁護士のようなやり口ですが、ケイトラに関しては自ら電話するというめずらしい展開。よほどその才能に確信があったとみえます。
ケイトラナダは2015年、 XL Recordingsと契約。翌年アルバム『99,9%』をリリース。ここでAnderson .Paak、Syd、Craig David、Big Mensaといったアーティストとコラボレーションし、メジャーに通用するポップセンスを見せます。
KAYTRANADA feat. SYD – YOU’RE THE ONE(2015)
2019年、セカンドアルバム『Bubba』リリース。Pharrell Williams、Tinashe、Estelleなどのコラボレーションのうち、Kali Uchisをfeat.した「10%」がグラミーのベスト・ダンス・レコーディング賞を受賞。アルバム自体もベスト・ダンス/エレクトリック・アルバム賞を受賞します。
先鋭的なプロダクションだけでは、グラミーのビッグタイトルを獲ることはまず不可能。豪華なフューチャリング・アーティストのラインナップに加え、業界ご意見番であるリック・ルービンが見つけてきた秘蔵っ子であり、天才プロデューサーであるテディ・ライリーの愛弟子がコラボしているという、完璧な紙資料があってこそ、審査員がはじめて票を入れるからです。
リック・ルービンに払ったメンター費は、グラミーという大きなリターンを考えれば、決して高くない先行投資だったと言えます。
KAYTRANADA feat. Kali Uchis – 10%(2019)
『Bubba』は全曲Youtubeで聴くことができますが、リリース時は音のみ。9か月後に映像をつけたインストVer.を全曲アップロードしています。これはケイトラナダがビートメイカーであり、コラボシンガーのボーカルが乗ってないトラックを聴いてほしいという意図から生まれたもの。
First Choice「Love Thang」をはじめ、ブラジル人アーティストEly Barraの「As Turbinas Estão Ligadas」、カリブ海のフランス領グアダルーペのコンパ/ズークバンドThe Group NSIによる「Mande Moin On Lajan, Pa Mande Moin Za Fe An Moin」など、あらゆるジャンルの音楽からのサンプリングを聴くことができます。
2020年、『Bubba』収録曲のうちLucky Dayeをfeat.した「Look Easy」の映像版がアップされましたが、これは北野武監督のヤクザ映画にインスパイアされたもの。芝浦Gold/Yoshiwara、恵比寿みるく、青山Le Balon、現在はBreakfast Clubを手がける塩井るりさんが出演されています。
KAYTRANADA feat. Lucky Daye – Look Easy(2022)
2023年にはポートランドのアーティスト Aminé(アミナイ)とコラボレートし、ファレルをfeat.したリードシングル「4EVA」リリース。ジョイントアルバム『KAYTRAMINÉ(ケイトラミナイ)』を自主レーベルよりインディーズ形態で発表します。
KAYTRAMINÉ feat. Pharrell Williams – 4EVA(2023)
2024年、サードアルバム『Timeless』、2025年フォース・インストアルバム『Ain’t No Damn Way! 』発表。いずれも相変わらずのケイトラ・ビートを聴くことができます。
KAYTRANADA feat. Childish Gambino – Witchy(2024)
最新ビデオは『Timeless』からの「Space Invader」。The NeptunesプロデュースによるLatrelle feat. Kelis「My Life」をサンプリングしたダンストラック。府中のボートレース多摩川と、愛知のボートレース蒲郡(がまごり)にて3日間かけて撮影されています。
KAYTRANADA – SPACE INVADER(2025)
本人扮する「星界襲来者(スペースインベーダーの日本語訳?)」が乗るボートも、着ているユニフォームもオリジナルでデザインされたもの。
競艇は日本独自のもので、2002年に韓国がまったく同じシステムを取り入れたとのこと。つまり競艇が見られるのは世界中で日本と韓国だけ。一体誰がこんなレアな公共ギャンブルを彼に教えたのか気になります。
さて、日本では星界襲来者のケイトラナダですが、彼は自身の音楽を「Gumbo(ガンボ)」と呼んでいます。カンボとは、アメリカ南部、フレンチ・クオーター擁するニューオリンズを中心としたルイジアナ名物料理で、西アフリカとフランス、スペインの影響を受け、オクラと肉や魚をルーで煮込んだ、ごちゃまぜのシチュー。
アフリカのディアスポラ国家ハイチ出身でありながら、移民大国カナダの、フランス語を話すケベックに住み、アメリカ産のハウスやヒップホップを聴いて育った彼は、「ガンボ」的な雑食性の音で、ダンスミュージック界における異邦人さながらの不思議な存在感を放っています。
ポップな感覚の楽曲が多いものの、よく聴いてみると、各エレメンツのチョップ方法や配置の仕方がすべて異なっており、1トラックずつ実験しながらケイトラ・ビートを進化させていることがわかります。細部にフォーカスする人こそ、インストで聴いてほしいハウス+ヒップホップのハイブリッド・プロデューサー。
リック・ルービンから手渡された「長老お墨付き」のゴールデン・チケットを余すところなく活用しながら、独自のビートメイクによって成功への道を着実に歩んでいる彼。J・ディラとディアンジェロがいない今、レイドバックするブラック・アメリカン・ミュージックのビート革命を推し進めているのは、ケイトラナダに他なりません。
KAYTRANADAのおすすめ曲
KAYTRANADA – LITE SPOTS(2016)
KAYTRANADA feat. Tinashe – The Worst In Me(2019)
KAYTRANADA, Anderson .Paak – Twin Flame(2022)
KAYTRANADA feat. Dawn Richard – Hold On(2024)
KAYTRANADA feat. PinkPantheress – Snap My Finger(2024)

