Cajmere(カジミア)
シカゴ第二世代のマスターマインド、Cajmere(カジミア)。自らが設立したCajualとReliefはシカゴを代表するレーベルとして、聴かずとも音が想像できる定番レーベル。
現在もDJネーム Green Velvet(グリーン・ベルベット)として世界中を駆けずり回っているシカゴのボスは、一体どうしてそんなにタフでワーカホリックなのか。
今回は彼のサウンドとオブセッションについて追及します。
Curtis Alan Jones(カーティス・アラン・ジョーンズ)は1968年4月26日、イリノイ州シカゴ生まれ。
お父さんは時々DJ活動をする大の音楽好きで、ブルーズ、ジャズ、ファンク、ソウルなど膨大なレコードコレクションを所持していたものの、若いカーティスはまったく音楽に興味がありませんでした。
厳格なクリスチャンとして育てられ、「Doctor Who」など近未来SFもののドラマが好きで、宇宙やテクノロジーや異次元に興味があり、テトリスなどのアーケードゲームに熱中する、シャイで内気で成績優秀な少年。
子供の頃の夢はお医者さんになること。そして学業を進めるにつれ、彼は化学エンジニアリングを専攻し、PhD取得を目指すようになります。
地域で最も難関校のひとつとされるイリノイ州立大学に入学。この頃から、ローカルラジオで音楽を聴き始め、特にシカゴハウスに興味を抱きます。
学校の近所には、現在でも営業する老舗レコードショップGramaphone Records(グラマフォン・レコーズ)があり、Derrick Carter(デリック・カーター)が働いていました。

カーティスはグラマフォンに行っては、ただシンセサイザーや機材をじっと見つめていました。
音楽も楽しそうだけど、勉強しなきゃいけないし…。と考えているうちに、デリックから「そこのキミ。何も買うつもりがないんだったら、僕の家に来てトラックを作るのを手伝ってくれよ」と声をかけられます。
この内気な青年を気遣う何気ない誘いが、この後、カーティスの一生を変え、シカゴ第二世代のスタート地点になるとは、この時、ふたりとも思っていませんでした。
ビックリしたカーティスは、好奇心からデリックの自宅スタジオに遊びに行くようになり、徐々に機材の使い方を覚えながら、楽曲プロデュースの才能を発揮し始めます。
デリックが、Mark Farina(マーク・ファリナ)とChris Nazuka(クリス名塚)と共に立ち上げたプロデュース・グループSymbols & Instrumentsにて、Kevin Saunderson(ケヴィン・サンダーソン)のデトロイトにあるスタジオKMSにてレコーディングし、12inchリリースされたトラックのうち、カーティスがプロデュースした曲が入っています。
Symbols & Instruments – Science Of Numbers(1989)
デリックとカーティスはふたりでアパートを借り、楽曲制作に熱中しますが、そもそも性格が正反対。
化学の秀才であるカーティスは、几帳面で清潔好き。スタジオをまるで無菌の実験室のように扱っていましたが、デリックはパーティ・アニマル。レコードを床一面に散らかし、服をあちこちに置いては、カーティスに怒られていました。
1990年、化学エンジニアリングの修士課程を取るために、カリフォルニアのUC Berkeleyに移住。しかし音楽への道を諦めきれず、名門大学を中退し、地元シカゴに戻って音楽に専念するという決断を下します。
彼の学業を応援し、金銭的に支援していた家族は大ショック。普段おとなしく優秀な息子の突然の翻意に「音楽で食えるわけがない!」「気でも狂ったのか!」と凄まじく大反対します。
音楽は趣味であって、仕事ではなかったお父さんは、賢い息子がバークリーでPhDを取りエリート研究者への道を歩む方が、音楽家になるよりも現実的と考え、一生懸命やめさせようとしました。
カーティスは「1年間だけ時間がほしい。もし1年でヒットが出なければ、大人しく大学に戻って化学をやる」と家族を説得。背水の陣で創作活動に入ります。
グラマフォンに通ううち、老舗のTRAXレコードから数枚リリース。
ヒップハウスの先駆者と言われたLiddell Townsell(リデル・タウンセル)と知り合い、意気投合。共同制作したトラックが、地元シカゴで立ち上げられたインディーズ・レーベルClubhouse Recordsより4トラック入り「The Rebellion EP」をリリース。
DA Rebels – Back To The Basics(1991)
カーティスのプロデュース曲は「U.K. Madness」と「The Jungle」。D’n’Bっぽいタイトルですが実際はハウスで、非常に軽いキック、ベースラインがなく、シャカシャカしたトラック。この時はイギリスのレイブシーンに興味があったようです。
このリリースで、初めてプロデュース名義にCajmereを使用。本名のCurtis Alan Jonesの各頭文字を取り、高級ファブリック「カシミア」をもじった名前。
この後、同じくClubhouseからThe Underground Crew名義で「Country Aire」、Cajmere名義で「Underground Goodies Vol. I/Vol-IIをリリース。
Cajmere – Donnie Ain’t Really Down(1991)
こちらもサンプリング・ループのシャカシャカと軽いトラック。他にも「Mental Breakdown」や「Mind Gamez」といったタイトルのトラックが入っており、精神的に焦っていた、もしくはスランプに入っていたことが伺われます。
何とか4枚のレコードを出し、家族には面目は立ったものの、いまいちクリエイティヴ的にスッキリしないカーティス。ある時、女性ヴォーカリストと知り合う機会があり、彼女のヴォーカルを取り入れたトラックを制作。
Cajmere feat. Nané – Keep Movin’(Straight Up Drugs Mix)(1991)
叩きつけるような固いキックと、ワープするトリッピーなシンセリフで、Cajmereスタイルに近づいてきました。この後、レーベルの依頼で男性ヴォーカリストSilk E.の持ち込み曲のプロデュース。
Silk E – Let’s Get Naked(Underground Mix)(1991)
このレコードから、ClubhouseはNYのハウス・レーベル大手Emotiveと提携することになり販路が拡大。このリル・ルイス風ガラージハウスは、ラジオでもプレイされました。
プロデュースの手腕が買われて、メジャー・レーベルのアーティストを手掛けるうち、彼は地元シカゴの女性シンガー、Dajaé(ダジャイ)ことKaren Gordon(カレン・ゴードン)と知り合います。
当時流行りのNew Jack SwingやR&Bと違い、ゴスペルシンガーとして歌っていた彼女の声は力強く、ソウルフルでエモーショナル。カーティスは彼女の声にインスパイアされ、新曲を発表します。
Cajmere feat. Dajae – Brighter Days(1992)
この曲がEmotiveの力もあり、クラブとラジオでヒット。カーティスはEmotiveのサポートにより、自らのレーベル「Cajual(カジュアル)」を設立し、バックオーダーをプレス。世界的ヒットとなり、一気にシカゴ/カジミア/カジュアルの名が広まります。
同年、2枚組のRemix集も発売され、MAW、Todd Terry、Daryl Jamesが参加。この中で自らがRemixしたUnderground Goodie Mix が大ヒット。
Cajmere feat. Dajaé – Brighter Days(Underground Goodies Mix)(1992)
固くハネたキックとハイハット、ループするヴォーカル、ファンキーなベースライン、カジミアらしいプロダクションが、このあたりから確立。
同年、ポコポコと沸くマキネッタの音をシンセで真似た「Percolator」をリリース。909の太いベースが鳴るようになります。
Cajmere – Percolator(1992)
こちらもBrighter Daysと共にカジミアの代表曲。この曲で踊る「パーコレーター・ダンス」がバイラルヒットし、一大社会現象となります。足を細かくステップさせる動きは、後のFootworkやJerkの原型。
自らのレーベルと販路、そして独自のサウンドを手に入れたカーティスは、グラマフォンの盟友であるデリックや、Johnny Fiasco(ジョニー・フィアスコ)、DJ Sneak、Ron Trent(ロン・トレント)などシカゴ・ローカル友達の楽曲を矢継ぎ早にリリース。
「Underground Goodies Mix」の成功により、Remix仕事が増え、同時にDJ出演依頼も増えますが、元はスタジオ・ワークが好きで沈着冷静なカーティス。SmartbarやRed Dogなど地元クラブでの友人たちとのDJには慣れていたものの、いまいち乗り切れない自分がいることに気づきます。
デリックやSneakが圧倒的なDJパフォーマンスを見せるなか、地味で真面目、レーベルA&Rであり経営者でもある自分は、どうすればいいのか。
そんな時、幼い頃に好きだった奇想天外な設定のSF映画やゲームのキャラを思い出し、突然ひらめきます。
自分と全然違うキャラになり切ればいい。
1993年、彼は自身の髪をネオン・グリーンに染め、ツンツンに尖らせたモヒカンにし、大ぶりなサングラスを装着。素顔を完全に隠し、フロアの視線を釘付けにするサイケデリックな異星人に大変身。
ハウス界で最も有名なアバターGreen Velvet(グリーン・ベルベット)の誕生です。
Smartbarの常連全員「カーティス君、ど、ど、どうしたの???(絶句)」…。
こうして、何をやってもいい別人格を手に入れた彼は、この名義で12inch「Velvet Tracks」をリリース。
ソウルフルなディープハウスのCajualと分け「フロアの狂気を治療する即効薬」 という過激なコンセプトの下、アシッドテクノの兄弟レーベルRelief Recordsを始動させます。レーベルロゴは救急車マーク。
Green Velvet – Preacherman(1993)
サンプリングされているのは、激しく糾弾するストリート説教者の声。「お前たちは大人になっても神様とかくれんぼをして、まだおままごとを続けているのか!」と叫ぶ狂信的な説教は、クラブで繰り広げられる男女の軽薄な出会いを揶揄したもの。
イチャイチャしているカップルに、ふざけるな、キリスト教徒として許されないぞ、と言っています。
厳格なクリスチャンとして育ったカーティスのクラブに対する懐疑的な本能を、Green Velvetの視点から攻撃する、リリックも音もアグレッシヴなトラック。
この声はReverend C.L. Franklin(レヴェレンド・C.L.フランクリン)によるもので、60~70年代にかけて大量の説教レコードをリリースしたデトロイトのニュー・ベテル・バプテスト教会の有名な説教者。
実はこの人、Aretha Franklin(アレサ・フランクリン)のお父さん。
またKenny DopeによるChicago「Street Player」サンプリングの大ヒット曲「The Bomb!」(1994)も、このGreen Velvetの「Preacherman」からインスパイアされ、同説教をサプリング、曲のタイトルも説教から考えついたもの、とケニー本人が明かしています。
The Bucketheads – The Bomb(1994)
この1993年、ヒット曲「Brighter Days」をひっさげ、初のイギリス・ツアーを敢行。蛍光緑モヒカンで、ロンドンMinistry of Sound、マンチェスターThe Haçienda、リヴァプールCream、グラスゴーSub Clubに出演。
当時流行り始めていた+8ピッチアップでBPM130のスピードガラージ、そして従来流行っていたイギリス発アシッドハウスブームを完全ロックオン。その奇妙キテレツなルックスと共に大人気となります。
1994年、 Dajaeのフルアルバム『Higher Power』をプロデュース。ポップなメロディでメジャーに進出する女性ハウスシンガーが多かった中で、カーティスのハウスにこだわらないプロダクションは、Dajaeのシンガーとしての力を見せつける本格的なソウルアルバムに仕上がっています。
1995年には名曲「Flash」をリリース。全世界にシカゴ流アシッドハウスを印象づけます。
その後もハイピッチでリリースを続け、2001年、自らの精神的危機を乗り越えた経験から制作された後期代表作「La La Land」を発表。
Green Velvet – La La Land(2001)
このトラックを境に、Green Velvet名義でTomorrowland、Ultra、Coachella、Electric Daisy Carnival(EDC)など有名なフェスへと出演が続き、そのDJ名を完全にグローバルに定着させます。
忙しく飛び回っていた2014年、彼の元に訃報が入ります。ゴッドファーザーofハウス、Frankie Knuckles(フランキー・ナックルズ)死去。
このニュースにカーティスは衝撃を受けます。シカゴ第二世代にとって、フランキーはまさに父。今この瞬間に「黄金時代」の創始者たちが舞台を去ろうとしていることに気付きます。
また90年代後半、死の淵をさまよう健康上の危機や薬物被害を乗り越えていたカーティスは、精神的な目覚めを感じます。シカゴの遺産を世界的な舞台で生き続けさせる責任が、今や自分の肩にかかっているのだと。
フランキーの死後、カーティスはツアーや制作のスケジュールをさらに増やし続けます。彼の猛烈な仕事ぶりは、もはや個人的な野心や金銭のためではなく、文化の保存という行為へと変貌を遂げました。
巨大なフェスティバルのステージに、緑モヒカンで立つたびに、彼はフランキーのプレイを一度も見たことのない次世代の若者たちに、シカゴハウスの神聖な福音を伝える、旅する宣教師になったような気分になるのでしょう。
光(Cajmere)と影(Green Velvet)、人間味(ソウル)と機械(アシッド)、そしてレーベル経営者としてのロジックと芸術家としての変態的な衝動を、自身の「理系脳」で完璧にコントロールし、互いをデトックスさせる循環システムを作り上げたカーティス。
2つの人格を交互に生きること自体が彼にとっての解放であり、 またそれが単なる自己表現ではなく、シカゴを代表しているという自負もあります。
止まりたくても止まれないワーカホリックの裏には、その強力で複雑なエコシステムが働いているのでしょう。
グラマフォンもSmartbarもまだ現役オープン中のシカゴには、NYやロンドンにはないBrotherhoodが根付き、アンダーグラウンドでローカルであることがクールだという認識があります。
ヨーロッパの若いEDM DJばかりのフェスで、最年長ながら一番パンクな見た目と狂ったDJプレイをするCajmereは、真のアンダーグラウンド・ローカル・ヒーロー。
今後もそのKinkyな名をYoutubeやBeatportで見かけたら、ぜひチェックしてみてください。
Cajmere のオススメ曲
Dajaé – U Got Me Up(Cajmere’s Underground Goodies Mix(1993)
Cajmere feat, Workin’ Happily – Feel It(Cajmere’s Underground Goodie Mix)(1994)
Dajaé – Day By Day(Cajmere Extended Mix)(1995)
Green Velvet – Flash(1995)
Green Velvet & Patrick Topping – Voicemail(2014)
Green Velvet, Meduza, GENESI & Essentia – La La Land(2023)

