アラビックハウスとは、アラビア語のハウス、もしくはアラビア音楽をベースにつくったハウス。
アフロハウスの世界的流行と、DAWソフトの普及により、ありとあらゆる国のプロデューサーがハウスの曲を制作する中、モロッコやエジプトなどアラビック・スピーカーが大多数のイスラム教圏でもハウスの曲が作られるようになりました。
ひと昔前にイスラム圏に行ったことがある人にとっては、ビックリな現象。当時イスラム圏では、西洋の音楽を聴くなど悪魔の所業。未婚の女の子が顔を出して歌をうたってビデオに写って一般公開するなんてのは、死刑レベルのタブー。
時代は変わり、フランスやドイツに移住した先進的なムスリムのディアスポラ・プロデューサーを中心にアラビックハウスが作られるようになり、ネットや携帯電話の普及とイスラム教徒の世俗化により、現地の若者も聴くようになりました。
ドバイのクラブシーンが突如ストップしても、ミコノス島やスペイン南部、アルバニア等を中心にヨーロッパで聴かれていたエキゾチックなアラビックハウス。新たにエジプトが中東のクラブ最前線に躍り出て、現在ドバイも復活し、その魅惑的な影響力をじわじわと拡大させています。
アフロハウスがベースなので聴きやすく、アフロ好きにぜひオススメしたいサブジャンル。今回はヒット曲を中心に、定番アラビックハウスを紹介します。
アラビックハウス موسيقى الهاوس العربية
チュニジア(2016)
Epi – Lotfi Bouchnak(Naboo Remix) /اسق العطاش
チュニジア人プロデューサーEpiの楽曲を、チュニジアン・フレンチのDJ NabooがRemixしたチュニジアン・アラビックハウス。
原曲はチュニジアのテナー歌手Lotfi Bouchnakによる「Mawlay (مولاي)」という曲で、タイトルは「My Lord」、つまりアッラーのことを指し、ポエティックで宗教的なリリック。
チュニジアは、フランス語とアラビア語を両方話せる人が多いムスリム国。首都チュニスはオシャレなカフェバーやブティックがあり、マラケシュ新市街のビーチ版という感じの街です。
エジプト+モロッコ(2020)
Umm Kulthum – Enta Omry(Jawad Benissa Remix) ريمكس انت عمرى – ام كلثوم
ドイツ・エッセン生まれ、モロカン・ディアスポラのプロデューサーJawad Benissa(ジャワド・べニッサ)によるアラビック・アフロハウス。
原曲は1964年に発売された、エジプト人シンガーUmm Kulthum(ウム・クルスーム)と作曲家Mohammed Abdel Wahab(ムハンマド・アブデル・ワハブ)による「Enta Omry(You Are My Lifeの意味)」という曲で、アラビア語圏で最も有名な曲のひとつ。内容はラブソング。
ドイツにはデュッセルドルフを中心にモロッコ人移民が多く、モロッコタウンのようなエリアがあります。
原曲はこちら。
アルジェリア(2022)
DJ Snake – Disco Maghreb(2022)
DJ Snakeは本名William Sami Étienne Grigahcine(ウィリアム・サミ・エティエンヌ・グリガチン)。パリ生まれパリ育ちながら、母親がアルジェリアンという、アルジェリアン・フレンチ。
この曲は自身のルーツであるアルジェリア、ジブラルタル寄りのオランという街にあるレコードショップ兼レーベル「Disco Maghreb(ディスコ・マグレブ)」にインスパイアされたトラック。ビデオの冒頭に出てくる古色蒼然としたお店です。
曲と共に映像もアップリフティングですが、ラクダがこんなに速く走れる動物だったとは知りませんでした。アルジェのラクダはスプリンター種なんでしょうか。
マグレブは「日の沈む土地」つまり西を意味し、広義としてサハラ以北のモロッコ、アルジェリア、チュニジア(リビアを含むこともある)を指します。
この3つの国は元フレンチコロニーで、ベルベル人が多く、フランス語とベルベル語とアラビア語がミックスされた特殊な方言で話し、アラブ人というよりも「マグレブ人」という意識を強く持っています。
ブレイクビーツ主体の大ヒットEDM曲なので、他のアラビック・アフロハウスとは出自も毛色も違いますが、アラビア風(厳密にはマグレブ風)のテイスト+アラビア語をダンストラックに落とし込み、世界中に広めたという意味で重要な一曲。
ちなみにDJ Snakeさんは昨年、セネガルの難民問題にフォーカスした11分のショート・ムービー「Patience」を制作、Youtubeで公開しています。個人資金を突っ込み、自ら撮影地に行って1年以上かけて制作したもの。
2026年8月、スペインの飛び地セウタに大量の移民・難民が流入(突入?)してきて大問題になっていますが、Snakeさんの作品は1年以上前からその問題を取り上げていました。若者たちがフェンスを飛び越えてシェンゲン圏に無理やり入ってくるニュース映像は、Snakeさんの映画をそのまま再現したような現実の出来事で、衝撃的。
パレスチナ+ヨルダン(2022)
Noel Kharman – Desert Rose انت عمري Hijazi Remix(2022)
原曲はStingと、アルジェリアの歌手Cheb Mami(チェブ・マミ)による1999年リリースの「Desert Rose」。これに前述のエジプト「Enta Omry」をマッシュアップ。ダウンテンポながらヴァイラルヒットした、アラビック・アフロハウス。
ヴォーカリストのNoel Kharman(ノエル・カーマン)はパレスチナのハイファ出身で、現在ヨルダンの首都アンマン在住。Ali Hijazi(アリ・ヒジャジ)はヨルダンのDJ兼プロデューサー。
ヨルダンは、物騒な国に囲まれた緩衝地帯のような感じの、貧しいながら安定した国。パレスティンとシリアの難民が大量に流入し、2026年の現在、経済危機に陥っているとのこと。他に逃げられる国がないので、避難民のアサイラムとして、何とか持ちこたえてほしいところ。
チュニジア(2023)
Pablo Fierro – Yababa(Tunisian Mix)(2023)
Mimmo Falcone(ミモ・ファルコーネ)率いるイタリア発アフロハウスのレーベルMoBlackも、アラビックハウスを出しています。
チュニジアのスーフィ聖者、Sidi Mansour Ghulam(シディ・マンスール・グーラム)を称える、有名な民謡「Sidi Mansour(シディ・マンスール)」をアフロミックスしたトラックで、メインにはZokra(ゾクラ)という北アフリカ特有の、オモチャのラッパみたいな形をした5穴+ダブルリードの吹奏楽器を使っています。
タブラとゾクラの演奏
プロデューサーのPablo Fierro(パブロ・フィエロ)は、モロッコのすぐ隣に位置するスペイン領カナリア諸島の出身。この島は地理的・歴史的にマグレブとスペインの文化が混ざり合った独特の文化があり、彼が紡ぐ地中海と北アフリカが融合したサウンドは、まさにカナリア諸島のアイデンティティそのものを体現しています。
YababaはYa(Oh!!)+Baba(Father)ですが、実際にお父さんを呼ぶ時に使う以外に、目上の人や聖者にも使われ、この言葉そのものがスーフィ聖者 Sidi Mansourへのリスペクトを表しています。
イスラムとスーフィの関係ですが、スーフィはクルアーンを歌やメロディや踊りで表現して「スピリチュアルな高みに到達する」もので、プロテスタントにおけるゴスペルのような立ち位置。
Pabloさんは2026年の新作もアラビック・アフロハウスでした。タイトルの「Yali」は、イスラム教シーア派などで「第四代正統カリフのアリ(Ali)よ、私を助けたまえ!」と神や聖人に加護を求める際のアラジンの魔法の呪文のような感嘆句で、「Yababa」が聖者への呼びかけなのと同じく、アラブ世界で非常に感情的に叫ばれる象徴的なフレーズ。
Pablo Fierro – Yali(2026)
エジプト(2024)
Hakim – Ah Ya Albi(Ajna & Samm Edit)(2024)
現代エジプトのSha’abi音楽のスルタン(王)と言われるHakimが、プエルトリコの女性メレンゲシンガーOlga Tañónと組んだ2002年リリースの「Ah Ya Albi」がオリジナル。
タイトルの意味は「Oh, My Heart」。リリックは失恋ソングで、アラビア語のHakimとスペイン語のOlgaがデュエットで「ふたりは同じ曲では踊れない(ふたつの世界は共存できない)」という悲壮感を詩的に歌っています。
リミックスのAjna & Sammはベルギーのプロデューサー。ベルギーもアフリカからの移民・難民が多い国。フランス語や英語を話す人が多い上に、首都ブリュッセルにはEUの本部があるので、立場上、受け入れざるを得ません。駅周辺など、ほぼアラブ街の様相。
原曲はこちら。
エジプト(2025)
Ahmed Saad – El Youm El Helw Dah (Aymoune Arabic Afro House Remix)(2025)
エジプシャン・ポップの歌手Ahmed Saad(アフメド・サアド)の2022年のヒット曲を、モロカン・フレンチのDJ兼プロデューサーAymoune(イムヌ)がアフロMixしたトラック。
タイトルはWhat a Beautiful Day This Is、世の中何が起こっていようと、今日の自分はいい感じだ、というリリック。この「世の中何が起こっていようと」という部分、非常にイスラム的。世の中で起こるすべてのことは神様が決めているので、自分が心配することじゃないのだ、という心理。
先ほどからアラビア語のタイトルを直訳していますが、アラビア語は神の言葉で、神様関連の単語が非常に多いというか、名詞も動詞も助動詞も形容詞も言語全体が神様のことを表現していて、他の言語で説明できません。翻訳不可能です。アラビア語を勉強することは、イスラムとは何かを理解するのと同義。アラビア語の構造を多少勉強すると、どうしてそのような思考回路になるのか分かります。
クウェート(2025)
Vanco & AYA – Ma Tnsani(Yalla Habibi)(2025)
南アフリカのDJ兼プロデューサーVanco(ヴァンコ)が、クウェートをルーツに持つ女性デュオAYA(ヤスミン+アヤ)と組んだ、アラビック・アフロハウス。VancoがUshuaïa Dubaiでニューイヤーイブ・カウントダウンにプレイしたことから火がつき、Keinemuzikがヘヴィプレイ、 TiëstoのRemixも出て世界的に大ヒット、2025年を代表する一曲に。
タイトルの直訳はDon’t forget meという意味で、歌詞はラブソング。Yalla HabibiはLet’s Go Guysです。
Ushuaïaがドバイにブランチを作っていたことに驚きましたが、これは2024年末に地元クラブと協業でオープンしたもの。今年初頭、突如ドバイに火の粉が降りかかり、観光産業が壊滅的な打撃を受け、これからドバイのクラブシーンが盛り上がるところだった矢先、出鼻をくじかれた状況。
現地では海外DJのキャンセルが相次ぎ、スーパーリッチな外国人も逃げ出したため、国内在住DJと地元民によるローカルシーンが逆に盛り上がったとのことです。ホテルやクラブはヒマな間に改装やリニューアルをして、現在は大復活。
モロッコ(2025)
AFRONOM – Casablanca(2025)
現在アラビック・アフロハウスの一番手と目されるのがAFRONOM(アフロノム)。本名も出生地も不明で、アフリカ・ヨーロッパ・アメリカ、3つの大陸で育ったという謎なプロフィールですが、現在アメリカ・マイアミ在住。顔の感じからして、おそらくベルベル・フレンチと思われます。
AFRONOMは自らの音楽を「Habibi House」と表現していますが、Habibi(حبيبي)は直訳すると「My Beloved」の意味。英語でいう「Hey Guys」や「My bro」のように「ハビビ、調子はどう?」という呼びかけや、「スゴイ!」「イイね!」「ブラボー!」の意味で「Ya Habibi!」といった感じで使われるとのこと。
ラティーノ同士がチコとかアミーゴというのと同じで、外国人にハビビとは呼びかけないので、アラブ人だけがわかるストリートでカジュアルなノリを表現している言葉。
この曲のメインメロディは「Ney(ネイ)」と呼ばれるアラビアン・フルート。またOud(オウド)というナシの形をしたギターも使われています。以下は左がオウド、真ん中の人はネイ、右の人はDarbuka(ダーブカ)というパーカスを演奏している映像。
西洋音楽が1オクターブ12音(ピアノの白と黒の鍵盤の数)なのに対して、アラブ音楽は24音あり、この西洋音楽にはない微妙な音階を踏んだメランコリックなメロディを、ネイやオウドが奏でることで「アラビア風」に聴こえます。鍵盤に該当する音がないので、アラブ音楽はピアノで演奏できません。
西洋音楽家が東側の音楽にトライした一番最初の例は、モーツァルトの「トルコ行進曲」ですが、彼は当然ながらピアノで作曲しているので、24音のアラブ音階も、30音以上あるトルコ音階も出せません。単にそれっぽいメロディを超高速で弾いたという、フェイク・ターキッシュな迷曲になりました。
ピアノで弾けないなら、シンセでも弾けませんが、アラビック音階を弾きたいプロデューサーは、Korg、Yamaha、Rolandといったメーカーから出ている、24音、1/4トーンが弾ける、俗にいう「オリエンタル・キーボード」を使います。もしくはMIDIコントローラーのピッチ・ベンド・ウィールで1/4ズラす、FLの「アラビック・スケール」といったプラグインを使う方法もあります。
といっても西洋音楽のコードに慣れたプロデューサーがアラビックのメロディを弾くのは難しいので、すでにある楽曲からサンプリングされたものがほとんど。
スペイン(2026)
MËSTIZA – SALAM(2026)
ドバイがダウンしている間に、ヨーロッパでアラビックハウスの人気をアップさせたのが、スペインの女性DJデュオMËSTIZA(メスティーザ)。
MËSTIZAはフラメンコ×アフロハウスのDJ。フラメンコ発祥の地であるスペイン南部、アンダルシア、ラ・マンチャ、セヴィーリャ地方は、ウマイヤ朝やムーア人王朝時代に古代アラビア人に支配された都合で、食べ物や建築にアラブ風の影響が見られますが、フラメンコもアラビック音楽の影響を強く受けています。
フラメンコの楽曲はアラビックスケールではないものの、歌唱方法が同じで、ギターもOud(オウド)が元になっているので、アラビックハウスとフラメンコは非常に相性が良いです。
彼女たちが有名になったおかげで、ラテンハウス~アフロハウス~アラビックハウスを混ぜても、まったく違和感がなくなりましたが、そもそも歴史的に交差しているので、当然といえば当然。
スペイン(2026)
Javi Torres feat. Alba DREID – Tus Ojitos(2026)
スペイン出身のアフロハウス・プロデューサー兼パーカッショニストJavi Torres(ハビ・トレス)と、セビーリャ出身でフラメンコルーツの女性歌手Alba DREID(アルバ・ドレイド)によるアラビック・ラテンハウス。タイトルの意味はスペイン語でYour Little Eyes、ラブソング。
前述のMËSTIZAが主宰する人気レーベル「Sacro Music」からリリースされた、フラメンコ×アフロハウス×アラビックハウス。ビデオもシェルタリング・スカイ風で、マグレブを意識した砂漠。
以上です。Youtube上、パンジャビ・ヒップホップやアフロビーツに迫る勢いで高視聴回数を叩き出しているのが、アラビックソング。アルファベットで検索しても出てきませんが、アラビア文字で打てば大量の音楽ビデオがアップされていることが確認できます。
アラビア語の曲のリスナーが一番多いのはエジプト、サウジ、アルジェリアの順。そもそも人口が多い上に、末広がりの人口ピラミッドで若者の割合が高いので、モダンな音楽を聴く人も多いです。
若者の割合が高いのは、奥さん4人までOKだから、ではありません。6人兄弟とか、ひと家族の子供の数が多いからです。いまどき2人以上の奥さんがいる人はほとんどいません。イスラム教徒になれば合法的にハーレム状態できると思ったら大間違いです。
よく混同されますが、トルコやイランはアラビア語を話しませんし、アラブ文化ではありません。音楽もスケールからして違います。イスラム教徒でもアラビア語を話さない人は大勢いて、このようなエリアから出てきたハウスは「エスニックハウス」「オリエンタルハウス」などと呼ばれています。
さらにセルビアやコソボ、アルバニアといった、東欧・バルカン半島のイスラム文化やスラブカルチャーが交差する国々でも、独自のダンスミュージックの台頭が著しく、おもしろいトラックが多数発表されているので、また別途紹介します。

