老舗とオッサンの救済方法

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デジタル化に伴い、レコードでしか聴けなかった過去カタログが復活。DJフェスやDJ Mix動画の流行によって、過去のレジェンドたちがヨーロッパ各地でDJするようになりました。観察してみると、これには黒幕が存在するような…?

実は、トランスやテックで若いリスナーから稼いだお金を、ホコリを被っていた老舗レーベルやオッサンDJたちに廻してくれるという、何とも律儀な人たちがいるんです。

ディスコやハウスがなければEDMなど存在しないので、感謝されて当然といえば当然ですが、それでもオッサンDJファンには大変ありがたい動き。

今回はそんなエンジェルかつ商売人な、復活仕掛け人プロデューサーを紹介します。

目次

老舗とオッサンの救済方法

Armin van Buuren(オランダ)

DJ Mag Top100 DJsにて現在2位、1位を5回獲っているArmin van Buuren(アーミン・ヴァン・ビューレン)。2003年よりレーベルArmada Musicをスタート。名前の由来はファウンダー3人の頭文字からArmin+Maykel+David。

CEOのMaykel Piron(マイケル・ピロン)さんは元Warner。メジャーで培ったビジネスセンスと人脈でどんどんレーベルを成長させたブレイン。

存在そのものが「ミスターEDM」なAvBさんですが、そのコネクションとブッキング力を生かして、ハウス界のタレントを味方につけるようになりました。

① Deep Dish

グラミーホルダーながら、非常に仲が悪いことで知られていたふたり組、Deep Dish。大の男がふたりでスタジオに籠もったりツアーに行ったりしていれば、お互いウザくなるのは当たり前。Deep Dishとしては解散状態、個々に活動していたところに、Armadaが声をかけます。

「過去のカタログをデジタル化して再販してあげます。そのかわり、ふたり並んでブースに立ってDJやってください。」

もうお互い顔も見たくないと思っていたこのふたり、Deep Dishの名前がなければ、しがないオッサンでしかないことにようやく気づき、Armadaとの契約に至ります。心底仲直りしたわけではありませんが、契約書にハンコをついたからには、ふたりでDJするのをガマンするしかありません。

ふたりの説得にはJason Ellis(ジェイソン・エリス)が当たりました。彼は現在、Armadaのディレクターの一人ですが、Deep Dish全盛期にUniversal 傘下のPositivaでふたりのA&Rを担当。グラミーを獲っているにもかかわらず、仲が悪いことも、別々に曲を作って売れていないことも知っていました。

2024年、過去曲の新Remixリリース。ふたりが思い入れのあるカナダのクラブStereo Montréalにおいて再結成DJをスタート、チケットが事前にソールドアウトする大盛況ぶり。ロンドンのThe Causeでも続けてソールドアウトを記録。その後もFabricでレギュラー出演すると共に、ワールドツアーを開催。

2026年の今年はUltra MiamiとCoachellaに出演。明らかにAvBのTop100DJsタイトルを武器にしたパワー・ブッキング。お金を払ってでも出たいと思っているDJが多いなかで、ジャスティン・ビーバーの前座なんかやりたくないと思っているオッサンふたりをサラっとねじ込んでしまう事務所圧力、恐るべし。

大手レコード会社がほったらかしていたものを、Arrmadaが商機とみて説得に成功。新興レーベルが大変お安い経費で「グラミー受賞アーティスト所属レーベル」というビッグタイトルを手に入れたことになります。

しかもガンガンにブッキングして、一緒に働きたくないオッサンふたりをゴリゴリに働かせる鬼マネジメント。DJで受賞している人はごく小数なので、Armadaにとって非常にメリットがあったディール。

② Hisa Ishioka & BPM King Street Records

90年代からマネジメント側でDJたちを支え続け、レーベル「King Street」「Nite Groove」を設立したヒサ・イシオカさん。パラダイス・ガラージ・リスペクトの「King Street」という名前の通り、正統派NYハウスを体現するレーベルディレクター。

NYハウスDJの誰もが信頼する日本人。日本人リスナーとしても「シーンの中心に日本人がいる」と思うと誇らしくなるスゴイ方ですが、インディペンデントレーベルを経営するのは至難の業。

シーンが2000年を境にヨーロッパに移ったことで、90年代ブイブイ言わせていたNYのレーベルのほとんどがつぶれ、King Streetも全盛期の栄光は過去のものとなっていました。ここにArmadaが声をかけます。

「過去のカタログをデジタル化して再販してあげます。そのかわり、うちのレーベルの面倒みてやってください。トランス以外もやらないとヤバいんです。」

テックハウスやディスコ・リバイバルが人気のヨーロッパで、トランスだけやっていても未来がないと悟ったArmadaにとって、ハウスのA&Rを迎えることは急務となっていました。

アメリカ人ハウスDJからチャラい新興レーベルだと思われているArmadaに、伝説のヒサさんが加われば、突如信頼できる老舗レーベルに早変わり。

あらゆることを自分でやるしかなかったインディレーベルの雑務を、会社単位でさっさと処理してくれるので、ヒサさんにとっても大助かり。Win-Winのディールが成り立ちました。

現在ヒサさんはArmadaのA&Rコンサルタント。新規リリースや新人アーティストのディレクションと共に、2000曲以上あるKing Streetのカタログをデジタル化し、リイシューや新Remixをリリース。

実際にArmadaはBEAT Music Fundというファンドを立ち上げ、第一弾がKing Street、以降もKevin Sanderson(ケヴィン・サンダーソン)のKMS Recordsや、イギリスのVIVA Musicを買収・統合。以下ドキュメンタリーもArmada主導で製作されました。

House Music Royalty: The Story of King Street Sounds

Armadaはダンスミュージック界のUniversalになりたいのだとか。アンダーグラウンドでインディペンデントが前提だったハウスミュージックにおいてメジャーなど敵でしかありませんが、キャピタリズム極まるこのご時世、生き残るにはArmadaと仲良くした方が得策らしいです。今後もいろいろ傘下に入れてきそう。

最大手のUniversalですらビル・アックマンが買いたいと言い出す今日この頃、オシャレな投資先を探しているプライヴェート・エクイティが、中規模レーベルをまるごと買うという展開も今後あり得るのかもしれません。

Simon Dunmore(イギリス)

1999年、ロンドンにてSimon Dunmore(サイモン・ダンモア)によって設立されたDefected Records。

今や押しも押されぬ人気レーベルですが、デジタル・プラットフォームの強化やヨーロッパ全土でのフェスティバル・イベント開催、若いDJの育成に力を入れ、ダンスミュージックの「エコシステム」を構築してきました。

アメリカのオリジナネイターたちに、培ってきたネットワークを提供し、オッサンも若者も共存していく協力関係を構築。DefectedがなければヨーロッパでDJする機会のないオッサンDJたちの救世主のような存在。見た目がリック・ルービンみたいですが、やってることは真逆です。

① Strictly Rhythm

Mark Finkelstein(左)とGladys Pizarro(右)、中央はシンガー契約したBarbara Tucker嬢

90年代、ものすごい勢いで12inchを出しまくっていたStrictly Rhythm(ストリクトリー・リズム)は、1989年、Mark Finkelstein(マーク・フィンケルスタイン)とGladys Pizarro(グラディス・ピサロ)が設立。

2000年、Warner(ワーナー)と半々出資による共同ベンチャーを設立し「全米No.1ダンスレーベル」を目指すものの、これが大失敗して2002年に終了、解散。

なぜDJ御用達のニッチなレーベルがワーナーと組もうと思ったのか微妙ですが、Strictlyの出した1998年のWamdue Project「King of My Castle」というヴォーカルものがヨーロッパを中心に特大ヒットし、ダンス系がメジャーでも売れると見込んだワーナーが声をかけ、マークさんもその気になった模様です。

ハウスの12inchなんてDJしか買いませんので、メジャーに進出して一生懸命ヴォーカルものを出したところで、たかが知れています。しかも2000年はUniversalが力をつけてきて、アイドルやポップスターを売り込み始めた時期。いくら曲が良くても無名シンガーは売れない構造になりつつありました。

この時期の共同ベンチャーローンチは、マークさんもワーナー担当者も読みが甘かったと言わざるを得ません。10年遅いか、10年早かった。

マークさんは4年間の法廷闘争を経て、ワーナーからレーベル名とカタログの権利をようやく取り戻しますが、このリーガルバトルが終わった2006年のタイミングでStrictlyの大ファンだったサイモン・ダンモアさんが、わざわざ飛行機に乗ってNYにやってきます。サイモンさんはマークさんに直談判しました。

「Defectedが持っているデジタルインフラを使って、Strictly Rhythmのブランドを蘇らせませんか?僕が手伝いますよ。」

メジャーとの確執で散々な目に遭い、ゲッソリしていたマークさんにとって、サイモンさんのオファーは渡りに船の救世主でした。

何せ当時ワーナーは業界最大手、そんな大会社の法律部門と4年も裁判して勝つなんて、途方もない精神力と財力の消耗をした直後です。しかも裁判している間にデジタル時代がやってきて、12inchなんて商売はもう通用しないBeatportな世の中に激変しており、アナログなマークさんにはついていけないビジネスモデルに切り替わっていました。

マークさんは財政面で、サイモンさんはPhil Cheeseman(フィル・チーズマン)と共にA&RとしてStrictlyの再建を進め、2007年からカタログのデジタル化、12inchのリイシューと共に、新譜もリリース。 

Dennis Ferrer、Osunlade、Bob Sinclarなどをリリースし、特に2009年のデニス「Hey Hey」でヒットを飛ばします。

軌道に乗り直したところで、2013年、マークさんはBMGにカタログを売却。2019年にはStrictlyの商標とブランド名もBMGに売却し、完全にBMGのものとなりますが、その際もサイモンさんは売却の手伝いをし、BMGの持ち物なのにDefectedで宣伝するという献身ぶり。

なぜワーナーとドロドロにモメたくせにBMGに売るのか理解に苦しみますが、マークさんによればStrictlyブランドを大手権利管理会社に任せて、その価値を永久的に保存してほしかったそうです。

コンピに貸すとしても、Remixやサンプリングに使われるとしても、カタログの管理というのは非常に手間のかかるめんどくさい仕事なので、大手に任せた方がラクだし確実ではあります。マークさんもいい歳のオッサンなので、リタイアしたかったのでしょう。

RCAやAristaの栄光は過去のもの、BMGは今や版権管理だけで喰ってる会社です。このような状況下ではベストチョイス。

サイモンさんは最初から、Strictlyのカタログを買ってビジネスにするつもりは毛頭なく、自分が大好きなStrictlyのブランドを守りたいがために手伝っていました。何と律儀な人。現代版マンキューソとお呼びしたい。

もちろんデジタル販売のコミッションなど取っているはずで、完全ボランティアというわけではないでしょうが、普通に考えて、オシャレな売れっ子レーベルが、ゾンビ化している古臭いレーベルの手伝いなど、かったるくてやってられません。

ヒット曲は多少あるものの、ほとんどはDJしか使わないインストばかりのカタログで、手伝ったところでロクに利益が出ないのは明らかです。

そうは言ってもStrictlyは90年代ハウス全盛期を代表するレーベル。この法廷闘争や、セトルメントまでの成り行きは、業界人全員が固唾を飲んで見守っており、サイモンさんの行動は「ハウス好きの超ナイスガイ」という認識が広がる結果となりました。

② Nu Groove

1988年から1992年という若干4年間で、110枚の12inchをリリースした、NYのディープハウスレーベル「Nu Groove(ニュー・グルーヴ)」。

当時レコードを買っていた人なら絶対1枚は持っているレーベルですが、地味でジャジーなインストトラックばかりで、ヒット曲がありません。しかもアーティスト名が全部意味不明で、聞いたことのない名前ばかり。

RhejiとRonaldのBurrell(レジ&ロナルド・バレル)兄弟によって設立・運営されていた、この地味すぎるレーベル。ニュージャージー出身の双子の兄弟は若い頃からマルチインスト奏者であり、プロデューサーとして音楽的才能にあふれていました。

1988年、ヴァージンが当時流行りのNew Jack Swingで一山当てようと、Jam&Lewisのノリで、この兄弟をR&Bグループに仕立て上げ、大金を投じてアルバム『Ro-n-Rhe』を制作しThe Burrell Brothersとしてデビューさせます。

The Burrell Brothers – I Really Like(1988)

The Burrell Brothers「I Really Like」(1988/Virgin)

NJS風のアルバムはまったく売れず大失敗。ヴァージンは手切れ金を払ってさっさとバレル兄弟をお払い箱にします。

自分たちがやりたい音ではなかったポップソングを強制的に作らされ、用がなくなったら切るメジャーのやり方に、バレル兄弟は憤慨。自分たちがやりたい音楽を自分たちで出すことにし、手切れ金でサンプラーとRoland TR-808を買います。

同年、Nu Grooveを立ち上げ、12inchのリリースをスタート。30以上の別名義を使い分け、バレル兄弟は本来やりたかった音を出しまくります。ヴァージンでダサいデビューの仕方をしてしまったため、The Burrell Brothersという名前は出さないようにしていました。つまり意味不明な未知のアーティスト名は、ほとんどがバレル兄弟の偽名。

他にもTommy Mustoや若い頃のKenny Dopeデビュー作をリリースし、Nu Grooveは「誰がやっているのかわからないけれど、ディープなハウスレーベル」という評判を得ることになります。

同じ頃、NYでStrictlyやNervousといったレーベルが生まれ、アグレッシブなNYサウンドを展開。こちらがクラブで流行るようになり、シカゴハウスをジャジーにしたようなNu Grooveの音は役目を終えたことを悟って、レーベルは1992年でストップ。

バレル兄弟はプロデュース能力を買われ、R&Bやヒップホップ界から声がかかっており、ハウスをやめてR&Bに戻ることにします。

Aliyah、Toni Braxton、Totalなど、大人気アイドルたちの楽曲を手掛け、マルチ・プラチナディスク認定のプロデューサーとして大活躍。レジはグラミーの投票権を持っており、メジャーがキライだった人がメジャーの頂点に登り詰めたことになります。

つまりバレル兄弟は、R&Bで稼げることが分かっていながら、4年間だけ遊びでハウスをやっていました。メジャーの偉い人の命令を聞く必要がなく、セールスも気にしない、アンダーグラウンドで流行りはじめたハウスをやってみる、それがお遊び覆面プロジェクト「Nu Groove」。

サイモンさんは、この逸話とNu Grooveの音を気に入っていました。そして2017年、サイモンさんとDefected ClassicsのLuke Solomon(ルーク・ソロモン)がNYに出向き、バレル兄弟に相談します。

「Nu Grooveの大ファンです。カタログ全部買いますので、Nu Grooveを完全復活させましょう。新譜も出せますよ。」

80年代のマスターテープなど保管していないバレル兄弟は「えっどうしよう…。オリジナル残ってないよ?」と躊躇するものの、サイモンさんとルークさんの熱意に押されてカタログをDefectedに託すことにします。

彼らは入手困難だった12inchでもなるべく保存状態の良いキレイな盤を探し出し、デジタル化して丹念にリマスタリング。高音質のデジタルシングルと新たな12inchとしてリリース。

90年代当時は厳密な意味でスタジオ・マスタリングしていません、ラッカー盤を彫るエンジニアが最低限、12inchで音が割れないようにマスタリングしていただけなので、音が悪いというかワイルドです。Nu Grooveは比較的マシな音質でしたが、レコードから起こしてリマスタリング、そんな面倒くさい作業を110枚もやるとはご苦労様なことです。

2021年からはバレル兄弟もプロデューサーとして新曲をリリース。30年のブランクがあったものの「消えたマニアレーベル」ではなく「NYハウスのオリジネイター」として2017年よりNu Grooveが再登場し、若い人に受け入れられたのが後押しして、ヤル気になりました。

Rheji Burrell – XTC EP (2023)

Rheji Burrell 「XTC EP」 (2023/Nu Groove)

Nu Grooveの場合はまるっとお買い上げの後、復活させて、新規アーティストもどんどん発掘しており、Strictlyとは全然違う経路を辿っています。

Strictlyは新規アーティストや新規トラックはリリースされておらず、カニエさんの「Fade」にてサンプル元「Hardrive/Deep Inside」のサンプリングフィーを吊り上げ大金をせしめるなど、BMGがサンプル料ビジネスを展開しています。

海外のスーパーマーケットやショッピングモールでUltra Nate「Free」と同じメロディのEDM曲がかかっていたりしますが、BMGはAvidでStrictlyのカタログをサンプリングソースとして販売しており、従来のファンが知らないところで、そんな風にも使われているようです。

➂ Defected Festival & Channel

Boiler Roomと並び、DJ Mix Channelとしても定評のあるDefected。アメリカではDJする機会の少ないレジェンドだちをヨーロッパに招聘し、Youtubeでも見られる機会が増えました。

「House Masters」や「In The House」といったYoutubeチャンネルのシリーズで、レジェンドたちを紹介。またマネジメントやPRが苦手なオッサンDJたちに、アーティストマネジメント・サービスを提供し、ヨーロッパのフェスティバルやイベントにブッキングしています。

具体的にはDennis Ferrer、Todd Edwards、Marshall Jefferson、Mike Dunn、Todd Terry、DJ Spenなど。今年はDefected Maltaで、David Molares、Lil Louis、Kevin Saunderson、Chez Damierが登場予定。

Mark Knight(イギリス)

2003年、MarkとStuartのKnigt兄弟によってスタートしたレーベル、Toolroom。レーベル名の由来は、実家の両親の「Garden Tool Shed(園芸用具小屋)」から。

マークさんは、Defectedのサイモンさんをさらに分かりやすくしたような活動内容。ハウスはコミュニティの音楽、みんなでシェアして楽しむものなのダ!とラジオやDJ学校で啓蒙しまくり、忘れ去られていたオッサンレジェンドたちを連れてきて若いリスナーに紹介しています。

リリースの中心はテックハウスですが「House Masters」や「Classic」といったシリーズで、入手困難になっている12inchの名盤をデジタル化リリースしたり、オッサンDJに新曲を作ってもらったり。

Toolroomのウェブサイトも、レーベルサイトとは思えない情報量で、マークさんをはじめとしたToolroomファミリー全員が、いかにハウスを愛しているかを一生懸命語っていて好感が持てます。

① DJ Dove

90年代、Deep GrooveやNarcoticから12inchをリリースしていたDJ Dove(ダヴ)ことCapote Barbarito(カポーティ・バルバリート)。キューバ人の両親の元にNYで生まれ、Hobokenで育ったジャージーっ子。

90年代からDJ活動をスタートし、‘94年12inchデビュー。2003年からCieloでDJ。Cieloはミートパッキングにあった音の良い小箱で、月曜ケヴォーキアン、火曜と木曜がヒップホップでTony Touch、水曜がLouis Vega、金土がハウスでDJ DoveやDJ Discipleが出演。

DJ Dove – Illusions(1994)

DJ Dove「Illusions」(1994/Deep Groove Records)

よっぽど90年代のNYに詳しい人でも「DJ Doveって誰?石鹸?」というマイナーすぎるオッサンDJ Doveさんですが、マーク・ナイトさんは彼のレコードをとても気に入っていました。2006年、Toolroom KnightsというコンピレーションMixの初回Vol.1にて、DJ Doveさんを特集。

その後もDJ DoveさんのトラックをラジオやDJ学校で激プッシュ。さらにはNY在住のDJ Doveさんに直接連絡することにします。

「DJ Doveさんの大ファンです。新曲、作りませんか?」

NYローカルで活動していたDoveさんに、突然イギリスの人気レーベルから声がかかるとは、本人が一番ビックリしたに違いありません。

DJ Dove – Lonely No More(2025)

DJ Dove「Lonely No More」(2025/Toolroom)

こうやって20年超しのラブコールが実り、新曲をリリースすることになりました。

② Robert Owens

「The Voice of House Music」と言われるRobert Owens(ロバート・オーウェンス)。1961年オハイオ生まれ。小さい頃からシカゴやLAの教会のゴスペル・クワイアで歌い、ブロックパーティにDJで参加。

Larry Heard(ラリー・ハード)に出会い、Fingers Incを結成、1985年からリリース開始。’89年の「Tears」からはDef Mixのフルサポートを受け、ソロアルバムもリリース。

1993年からロンドンに移住し、ローバジェットのリリースを続け、ずっとソロ活動はしていたものの、過去を懐かしむ同世代が聴く「昔の人」になっていました。そこにマークさんが声をかけます。

「ロバート・オーウェンスさんの大ファンです。うちのテックハウスで歌ってくださいませんか?」

最新鋭の機材・設備と専門のプロダクションチーム、デジタルプラットフォームやPR部隊まで完備しているToolrroomで、ロバートさんはめんどくさいことを何もやらずに済み、ヴォーカルに専念することができました。

2010年からコラボレーションを続け、2021年には『Untold Business』をリリース。使い捨てのテックハウスではなく、もっとソウルフルで魂の籠もったハウスをつくりたいと思っていたマークさんが、ロバートさんのヴォーカルを中心に据えたアルバム。

Mark Knight & D.Ramirez feat. Robert Owens – Pass It Up(2021)

Mark Knight & D.Ramirez feat. Robert Owens「Pass It Up」(2021/Toolroom)

この後もロバートさんは、1600万人のリスナーを誇るToolroomラジオにレギュラー出演、BerghainやSydney Opera HouseでのDJ&ライブパフォーマンスショーもToolroomの手助けで実現させ「I’ll Be Your Friend」を聴いたことのない若い世代に、その独特の歌声を届けることができました。

ちなみにロバートさんは「I’ll Be Your Friend」を地でいく、超いい人。このリリックはヒット曲として書いたわけではなく、彼の思想そのもので、会う人全員を古い友達のように扱うそうです。BerghainでDJしていても、お客さんたち全員にとても優しく謙虚に接するので、逆にビックリされるとのこと。

昔から聴いているリスナーからしてみれば、ロバート・オーウェンス=生き神様ですが、本当に聖人キャラなんだとか。

彼は2020年ごろよりベルリンに移住。オハイオ→シカゴ→カリフォルニア→NY→ロンドン→ベルリンと、LBGTQ+コミュニティのサポーティブな体制が整っているエリアを選んで移動しているようです。

Robert Owens DJ set – Beatport X HE.SHE.THEY(Christmas Edition)

以上、老舗とオッサンの救済方法でした。

さて、オッサンオッサンと連呼しましたが、自分だってオッサン世代です。もうクラブに行くのがめんどくさいオールドスクーラー。でもオッサンDJが若い子に混ざって活躍していると嬉しいです。白髪交じりだろうと腹が出てようと構いません。オッサンDJの新譜が出た暁には涙が出ます。

オッサンDJやおじいちゃんDJ、これからも応援していますので、未来永劫がんばってください。

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