Roland Clark(ローランド・クラーク)

  • URLをコピーしました!
目次

Roland Clark(ローランド・クラーク)

「Voice of House Music」と言われ、名作「I Get Deep」の語りが有名なRoland Clark(ローランド・クラーク)。ただ牧師さんのようにガナリ声で説教しているオジサン、ではありません。

れっきとしたシンガー・ソングライター兼ハウス・プロデューサーであり、1987年から独自の活動を続け、NYハウス全盛期を経て、テック&アフロ全盛の今日に至るまで現役。

事実は小説より奇なりと言いますが、ウソのような本当の話が、ローランド・クラークのキャリアを彩っています。どうしてあの説教スタイルが生まれたのか、それは何回も繰り返された苦難の果ての選択でした。

ローランドは1965年11月7日、ニュージャージーのニューアーク生まれ。普通のワーキングクラスの家庭に育った彼は、当時流行っていたR&Bやダンスミュージックを聴いて育ちます。

転機が訪れたのは、ハイスクールのプロム(卒業舞踏会)。彼はプロムに参加せず、地元ニューアークにあったClub Zanzibar(ザンジバル)に行きます。

そこではTony Humphries(トニー・ハンフリーズ)がジャージーサウンド全開のハウスを朝までかけており、狂ったように踊る人々に、ローランドは圧倒されました。

彼はこのような魂を揺さぶる音楽が作りたいと強く願うものの、ごく一般的な家庭には、バークリーやラガーディアの音楽学校に行くお金がありません。

ローランドは友人の紹介により、近所に住んでいたプロデューサーCalvin Gaines(カルヴィン・ゲインズ)に楽曲制作の基礎を教わることにします。カルヴィンは後にWhitney HoustonやDestiny’s Childの作曲も手掛けた才能があり、偶然にもすばらしい教師に恵まれました。

1987年、彼はAtlantic Recordsの伝説的A&RであるMerlin Bobb(マーリン・ボブ)に自作曲のデモを直接持ち込み、メジャー契約を勝ち取ります。

プロデューサーに当時新進気鋭のイギリス出身プロデューサー Paul Simpson(ポール・シンプソン)と Winston Jones(ウィンストン・ジョーンズ)を迎え、マンハッタンにある Calliope Studios(カリオペ・スタジオ)でレコーディング。

Roland Clark – Why!(1987)

Roland Clark「Why!」(1987/Atlantic)

当時若干18歳だった彼は、このパラダイス・ガラージ風のディスコ・ハウスの12inchをリリースし、5桁の小切手をゲット。これで「人生イージーだ!オレはこれで一生喰っていく!」と軽く考えていました。

2年後には、R&Bの方が売れるというレーベルからのアドバイスに基づき「RU RU?」という曲を出すものの、レコードは売れず、契約は打ち切られ、お金は底をつき、元のプー太郎に戻ります。

1991年、新しいハウス・レーベルが出来るらしいという噂を聞きつけ、作っていたデモを送付。これが新鋭レーベル「Polar Records」のリリース第一弾となります。

Urban Soul – Alright(1991)

Urban Soul「Alright」(1991/Polar Records)

バックコーラスにCeybil Jefferies(セイビル・ジェフリーズ)を迎え、MixはレーベルオーナーであるManny Diaz(マニー・ディアズ)とFreddy Sanon(フレディ・シャノン)バックアップの下、トニー・ハンフリーズが手がけています。

これがザンジバルでヘビロテされるうちに、イギリスの著名レーベルCooltempo/Chrysalis にライセンシーが決定。SashaによるRemixがUKシングルチャート#34を記録するヒット。ヨーロッパ各国でもリリースされます。

しかしオーナーのマニーとフレディは、ライセンシーで稼いだ大金を1ドルたりともローランドに渡すことはありませんでした。ローランド本人は、ライセンスされたことも、ヨーロッパで売れていることもまったく知りません。

同じく2枚め「Always」という曲を出し、トニーがまたザンジバルでかけてくれたので有頂天になっていったローランドですが、これもマニーとフレディが密かにライセンスをイギリスに売っていました。

しかもこの曲のクレジットには、彼ら2人が自分の名前を勝手にミックスエンジニアとして書き加え、さらなる印税を搾取しようとした形跡まで残されています。

インターネットがない時代、誰もイギリスチャートなどチェックしていません。ローランドはNYのクラブシーンで十分にリスペクトを集めたものの、大西洋の向こう側で起こっていることを知っていたのは、レーベルオーナーの2人だけでした。

そのうち、高級住宅街アッパーウエストのオシャレなビルにあったオフィスに行ってももぬけの殻、レーベルは消滅し、夜逃げしていたことがわかります。どうやら自曲がヨーロッパで大ヒットしていて、お金は全部オーナーのポケットに入り、持ち逃げされていたことに気づいたローランドは大ショック。

2枚のリリースで、日々の生活費は何とか稼いたものの、それも底をついて、また元のプー太郎に戻ります。

音楽業界への不信と失意の中、お金を稼ぐための仕事を探していると、以前、自らがアトランティック期待の新人アーティストとして出入りしていた Calliope Studios(カリオペ・スタジオ)で清掃員兼アシスタント募集があることを知り、恥をかなぐり捨てて、そこに就職します。

ごく一般的なワーキングクラス・ファミリーに育ち、何のコネもない彼にとって、豪華な車に乗ってきて、高価な服を身にまとい、いばり散らしている音楽プロデューサーを見るのは始めてで「いつか、あんな風になれたらいいな」と思いながら、仕事の傍らこっそり自作の曲を作りはじめました。

カリオペ・スタジオは De La Soul や A Tribe Called Quest が出入りしてることで有名でしたが、ローランドにとってラッキーなことに、Todd Terry(トッド・テリー)も来ていました。

とりわけ深夜枠のスタジオ費が安く設定されている時間帯(グラフィヤード・シフト)にトッドが来て、黙々とトラックを作っています。ローランドは同じ部屋にいて、モップで床掃除したり、機材を整理したり、コードをまとめたり、あとは後ろで控えているだけの影の存在。

そこで彼は、トッド・テリーがどうやってSP-1200でドラムをチョップし、ベースを重ね、ハイハットをタイトに締め、流行りのNYハウス・サウンドを作っているのかを、特等席で盗み見ます。

そしてトッドが帰宅した深夜、スタジオの鍵を使って機材の電源を再び入れ、こっそり盗み見た技術を自分の声と融合させ、デモ制作に励みます。

夜な夜な作業した挙句、ようやく何とか自分が納得できるデモテープが完成。彼はこれを、当時人気No.1だったStrictly Rhythm(ストリクトリー・リズム)に持ち込みます。すると、当時A&Rだった George Morel(ジョージ・モレル)から電話がかかってきて、オフィスに来いと言われます。

恐る恐る行ってみると「君の声は素晴らしい!メロディも最高!ただしバックトラックがあまり良くないから、君のヴォーカルを引き立てられるよう、僕がMixし直してもいいかい?」。

もちろん二つ返事でOKし、トッド・テリー調の硬質でゴツゴツしたトラックは、スムースかつドラマティックなトラックに置き換えられ、出来上がったのが以下。

South Street Player – (Who?)Keeps Changing Your Mind(The Night Mix)(1993)

South Street Player「(Who?)Keeps Changing Your Mind(The Night Mix)」(1993/Strictly Rhythm)

過去の苦い経験から、今度は業界に簡単に騙されないよう、本名ではなく「South Street Player」というストリート感のある偽名を、リリース時に使いました。

ローランドのファルセット・ヴォイスと天性のメロディセンス、そしてジョージ・モレルのRemixワークが組み合わさって、この曲は後世に残るクラシック・ソングとなります。Strictlyもビックリの特大ヒットを記録し、各国でライセンス・リリース。

ファルセットというのはイタリア語で、元々オペラで女性歌手が許されていなかった時代、男性が裏声で女性の声を真似たことから発祥した歌唱方法。オペラはギリシャ神話を、聖歌のメロディや聖書のストーリーとマッシュアップして、発展してきたものです。ちなみにメリスマはギリシャ語で、元々カトリックの聖歌を歌う時の、1シラブルを何音も変化させて歌う歌唱方法。

どちらも録音機材など存在しなかった時代に確立されたメソッドで、ハウスやポップミュージックに特化したものではなく、クラシック成立以前の非常に古い声楽技法。五線譜は神父さんが聖歌を記録するために考案したという起源があり、元来、宗教と西洋音楽は切っても切れない関係にあります。

DJ用の粗削りなトラックばかり量産していたStrictlyにとって、モレルの機転でTen Cityのようなファルセット・ヴォーカル・ハウスをやってみるというのは一大事でしたが、このグローバル・ヒットにより、Strictly は Strictly Blue に代表されるヴォーカルものも手がけるようになります。

このヒットで経済的に安定したローランドは、スタジオ清掃係を辞め、クリエイティブに専念することができるようになります。中断していた自らのアイデンティティである「Urban Soul」を再始動。

プロデュース・パートナーとして選んだのは、1993年にヒサ・イシオカさんによってNYで設立されたBMP King Street Sounds。すでに1991年、東京にて設立のBPM Records時代より、NYのレジェンドたちから絶大な信頼を得ており、DJの海外公演も成功させていたヒサさんは、ローランドの資質と展望をすぐに読み取ります。

1995年「Sex On My Mind」を皮切りに3枚をKing St.からリリース。

そして満を持しての4枚め。彼のヴォーカルとメロディを引き立てつつ、楽曲のクオリティを上げるために、ヒサさんは最高のミュージシャンとエンジニアを用意。ジョージ・モレルのようなRemixのプロではなく、ローランド本人がプロデュースの楽曲を制作しています。

Urban Soul – Show Me(Urban Soul Original Mix)(1997)

Urban Soul「Show Me(Urban Soul Original Mix)」(1997/King St. Sounds)

フェンダー・ローズは巨匠 Joey Moskowitz (ジョーイ・モスコウィッツ)による演奏。バッキングコーラスにはMelonie Daniels(メロニー・ダニエルズ)など有名ヴォーカリストが参加。ミックス・エンジニアにはMAWを担当するSteve Barkan(スティーヴ・バルカン)。

South Street Playerと異なり、パンチのあるキックとベース、モダンでフロアライクな作りながら、ヴォーカルもローズも引き立っており、フックやブレイクの位置など構成もパーフェクト。King St..らしい完成度の高さ。

ローランドがヴォーカルだけでなくプロデューサーとして非常に優秀で、ヒサさんがいかにタレントを伸ばすA&Rであるかも同時に物語っています。

さらにDavid Morales(デヴィッド・モラレス)によるDef Mixバージョン、Danny Tenaglia(ダニー・テナグリア)によるPhillip & Danny’s Twilo Edit バージョンも準備。

万全の体制で臨んだこの曲は、もちろんクラシックからハードまであらゆるタイプのクラブで各バージョンがプレイされることとなり、本人たちが考えていた以上に大ヒット。最終的にBillboard Dance Club Songs チャートで見事、全米第1位の栄冠を獲得します。

これはローランドにとっても、ヒサさんにとっても初めての名誉。ふたりの相互理解と共同作業が、数字となって実った結果でした。

さて、全米No.1クラブヒットを記録したローランドですが、長年の悩みがありました。それは「Ten CityのByron Stingily(バイロン・スティンギリー)のモノマネ」という評判。若い頃、自分を切ったアトランティックに所属しているバイロンと比較されることに、常に苛立ちを覚えていました。

そこで、ヒット作による経済的余裕のできた彼は、ブラブラしている間に、長きに渡る親友のRheji Burrell(レジ・バレル)のスタジオに遊びに行きます。

レジは弟のロナルドと、80年代にバレル・ブラザーズとしてVirgin(ヴァージン)からNew Jack Swingの新グループとして華々しく飾り立てられてデビューしたものの、まったく売れず、ヴァージンから速攻切られ、その手切れ金で機材を買い、ハウス専門のインディレーベルNu Grooveを立ち上げた苦労人。

その後、R&Bにてメジャー復帰し、Aaliyah(アリーヤ)やToni Braxton(トニ・ブラクストン) など人気シンガーのトラックを手がけ、マルチ・プラチナム・ディスクを獲得。後にグラミー審査員にまで上り詰めた、真の成功者。

ニュージャージー出身で、ニューヨークにて活動し、メジャーレーベルからひどい目にあいながらも、自力で復活したという、驚くべき共通項を持ったふたり。

このレジが、自らのディープな声を録音し、自作トラックに使っているのを見て、ローランドはひらめきます。深い声は響きがいい。バイロンのパクりと言われるよりも、元の低い地声で歌った方が、アーティストとして際立つに違いない、と。

後年、本人は「レジはその深いバリトンヴォイスだけで、女の子を魅了できるのがうらやましかった。自分もそんな風に声で女の子を口説きたいと思った」と冗談まじりに語っていますが、これは「バイロンのパクリと思われたくない」という必死の本心を隠すためのジョークに違いありません。

そこでローランドはレジに、その声の出し方を教わります。レジは、これは声を出す時に使う筋肉の問題なので、声帯の筋肉を鍛えなければいけない、と伝授。

ローランドは、ポータブルのテープレコーダーを持ち歩き、思い立ったら自らの声を吹き込んで、深く説得力のあるテノールになるまで日々練習。ファルセットで歌うのに慣れていた彼にとって、喉の使い方や筋肉の動かし方は、まったく未知なるメソッドで、自分の想像する通りに声が出るようになるまで、最終的に1年かかりました。

ヴォイス・トレーニングの間も積極的に新譜をリリース。

1998年、ヒサさん完全バックアップの元、King St.から初アルバム『My Urban Soul』をリリース。翌年、Armand Van Heldenからオファーを受け、アルバム『2 Future 4 U』に作詞・ヴォーカルとして参加。そこからのカットシングルとして「Flowerz」がリリースされ、ヨーロッパでヒットします。

Armand Van Helden feat. Roland Clark – Flowerz(1999)

Armand Van Helden feat. Roland Clark「Flowerz」(1999/Armed Records)

コンスタントにリリースを続けながら、毎日のようにクラブに通っていたロ-ランドでしたが、ある日、Timmy Resisford(ティミー・レジスフォード)がレジデントを務めるThe Shelterで、不思議な体験をします。

いつものように満員のフロア、黙々と踊るダンサーたち、スピリチュアルで神がかったミックス、ティミーの圧倒的な存在感。彼はこのフロアにふさわしいのは、メロディックな歌ではなく、「説教(セーム)」の言葉だという啓示を受けます。

早速帰宅し自宅スタジオにて、フロアで思いついた言葉(スポークン・ワード)を地声一発撮り。トラックとあわせてデモを作ります。

The Shelterに捧げた曲なので、もちろんThe Shelterのレーべルにデモを持ち込みますが、この157 Shelter Recordsは、ローランドの「Alright」「Always」の海外ライセンス費を、本人に知らせず根こそぎ持っていったフレディ・シャノンが立ち上げたレーベル。

実はトライベッカに倉庫を借り、ティミーを連れてきて、クラブとして成功させ、Polar Recordsと同じビルで小さく運営していたShelter Recordsも倉庫内に移動させ、その番地をつけ「157 Sheltter Records」として再始動した費用は、すべてローランドのライセンスフィーを持ち逃げしたお金が原資となっていました。

つまりシャノンは、ローランドの作詞・作曲・歌唱・プロデュース能力により稼いだ何万ドル~何十万ドルを着服・横領して、そのお金で The Shelterを作りました。「Alright」がなければ、The Shelterというクラブは存在していません。

これはTRAXの白人オーナー売上横領事件による、マーシャル・ジェファーソン等の被害額をはるかに超えています。ヨーロッパ各国での販売枚数とリプレス回数は、国内インディで小ロットプレスしていた「Move Your Body」や「Your Love」の比ではありません。

しかも自分がもらうはずだったお金が、自分の毎週通っているクラブの設立資金となっており、自分の起死回生のレコードを出すレーベルの設立資金にもなっていたという、想像を絶するアイロニー。

このシャノンという人は相当トチ狂ったキャラの元ホームレスで、変人っぷりが伝説と化していますが、ローランドがオフィスに来ても、何の臆面もなく普通に対応したようです。

このシェルター賛歌は早速バックトラックがレコーディングされ、リリース。

Roland Clark – I Get Deep(Shelter Mix)(2000)

Roland Clark「I Get Deep」(Shelter Mix)(2000/157 Shelter Records)

このローズとカッティングギターが印象的なShelter Mixは、シャノンと、18歳デビューのアトランティック時代にプロデューサーだったポール・シンプソンが担当。

Shelter Mixならティミーかジョー・クラウゼルにやらせればいいものを、2000年にもなってわざわざポール・シンプソンを連れてくる理由が全くわかりません。ローランドに対する10年越しの嫌がらせにしては手が込んでいます。どこまでもカルマ感が漂う不気味な符合。

このローランドがようやく地声を初披露した曲は、アセテート盤の時からクラブでヒット。世界中にばら撒かれたテストプレスの1枚をゲットしたFatboy SlimことNorman Cook(ノーマン・クック)からローランドに直接、国際電話がかかってきて、B面のアカペラをサンプリングしていいかどうか尋ねられます。

サンプリング問題と離婚問題で、ほとんど破産しかけ絶望していたノーマンが、NYに遊びに来て、The ShelterでRobert Owens(ロバート・オーウェンス)「I’ll Be Your Friend」に啓示を受けてハウスを作り始めたことは有名ですが、この話を本人から直接聞いたかどうかは定かではないものの、ローランドは快諾します。

他人からサンプリングしてもらうことは、アーティストにとっては光栄の至り。しかもイギリスにいる本人から電話がかかってくるという熱意。バイロンのパクリではない、自分の声が認められた瞬間でした。

最終的にノーマンは「Star 69」と「Song for Shelter」を制作。すでにFatboy Slimで世界的知名度のあったノーマンの元ネタとあって、ローランドの名前は「Voice of House Music」として世界中に知れ渡ることになります。

その後も主にKing St.から12inchを定期的にリリースしていた矢先、NYの著名プロモーターからロンドンでの有料DJギグの話が舞い込みます。海外に行ったことのなかった彼は、意を決してオファーを受けました。

ロンドン初上陸で、人前でDJしたことがほとんどなく、非常に緊張していたローランドは、以前からライセンスの件で連絡を取り合っていた元メジャーレーベルA&RのSimon Dunmore(サイモン・ダンモア)が、自身のレーベルを立ち上げたことを思い出し、設立したてのDefected Recordsのオフィスに遊びに行きます。

実はギグのために持ってきたレコードに自信がなかったため、オフィスにある大量のレコードを見て、とっさにコレだと思い、そこらへんにあったホワイトレーベルのプロモ盤を手あたり次第に自分のレコードバッグに詰め込んで「Alright Simon, Bye!」と言って、ギグに行ってしまいました。

一人オフィスに残されたサイモンは「ローランド君、自分で聴いてもいないレコード持ってっちゃったよ。しかもまだリリース前の新譜なんだけど…」。

ギグ会場に到着したローランドは極度に緊張し、プロモーターに「マジヤバいから絶対隣にいて、何かあったら助けてほしい」と言い、深呼吸してステージに上がります。

未知のDefectedのプロモ盤を一発目にかけたところ、お客さんが大盛り上がり。ふと隣を見ると、お客さんの反応を見て安心したプロモーターは、さっさとどこかに消えていました。

知らないレコードをMixすることはキャリア10年のプロでも難しいのですが、現場にはマイクが用意されており、ローランドは即興の歌とスポークンワードによって、DJというよりもライブ・パフォーマンスをして切り抜けます。

イギリスにはサウンドシステムの伝統があり、ジャングルやUKGにおいてもDJにMCがつくのはごく一般的なので、ロンドンっ子たちには何の違和感もなかったようです。お客さんが盛り上がっている以上、曲がつながっていなかろうが、多少ズレてようが、何でもアリだったと思われます。

DJの依頼だったのに、DJの練習をしてこず、全然知らないレコードを突然かける時点でおかしいのですが、元来ちょっと抜けている、威勢のいい兄貴肌の人なのかもしれません。

この後、サイモンはローランドに直接連絡を取り、彼のスポークンワードをDefectedのトラックに乗せた曲をリリース。初期の人気企画「VS」シリーズでも、ローランドの声をレコーディングしています。

Powers That Be vs Roland Clark – Planet Rock / Funky Planet(2003)

Powers That Be vs Roland Clark「Planet Rock / Funky Planet」(2003/Defected Records)

2005年、自身のレーベル「Delate Records」をスタート、初リリースは「Simple Things」。年1回リリース程度と寡作ながら、若手アーティストのリリースも手がけています。

2006年には、名もなきスタジオ清掃員として、後ろでこっそりプログラミング方法を盗み見ていたトッド・テリーと、念願のコラボを果たします。

Todd Terry feat. Roland Clark – Without U(2006)

Todd Terry feat. Roland Clark「Without U」(2006/Elementary Group)

「I Get Deep」以降、過去の苦しい経験を盛り返すかように、有名プロデューサーにフューチャリングされることが増え、Kenny Dope、David Guetta、Mark Knight、Armin van Buuren、HoneyLuv、DJ Spen、DJ Spinnaなどと共演。

Urban Soulのプロジェクトや、自身のソロも含めて、毎年3~4枚リリースのハイペースで活動し続けています。

今年3月にはMWCにあわせ、集大成となるアルバム『The Black Album』をリリース。アフロハウスを取り入れた、スピリチュアルなスポークンワードを披露。

自身の声が、オールド・スクールと、新世代をつなぐ架け橋になっていると自覚するローランド・クラーク。その声は、10代でメジャーに切られ、新興インディからお金を盗まれ、スタジオの床掃除をし、少し成功したと思ったら誰かのマネだと言われ、初めて生まれたものです。

あらゆる苦難や予期せぬ出来事があっても、ハウスという自らが好きな道をひたすら進んできた彼は、まさに「Voice of House Music」であり、ハウスが魂の音楽であることの生き証人でもあるのでしょう。

Roland Clarkのおすすめ曲

Urban Soul – Sex On My Mind(Wild Pitch Altered Sex)(1995)

Urban Soul「Sex On My Mind(Wild Pitch Altered Sex)」(1995/King St.)

Roland Clark  – President House(1997)

Roland Clark「President House」(1997/Strictly Rhythm)

Steve Lawler feat. Roland Clark – Gimme Some More(Original Mix)(2010)

Steve Lawler feat. Roland Clark「Gimme Some More(Original Mix)」(2010/Viva Music)

HoneyLuv x Roland Clark – This Is My Life(2024)

HoneyLuv x Roland Clark「This Is My Life」(2024/Nothing Else Matters)

DJ Spinna & Roland Clark – When We Dance(Move Your Feet)(2025)

DJ Spinna & Roland Clark「When We Dance(Move Your Feet)」(2025/Wonderwax)

Roland Clark feat. Tree – I Ran(2026)

Roland Clark feat. Tree「I Ran」(2026/White Label)

代表曲「I Get Deep」のリリック

彼の代表曲「I Get Deep」のオリジナル・フルレングス歌詞。Shelter Mixをはじめとするバックトラック込のバージョンは、オリジナルのローランドのリリックを、かなり編集して使っています。こちらはアカペラを書き起こした完全バージョン。

[Chorus]
I get deep, I get deep, I get deep, I get deeper, uh
Into this thing
The deeper I go, the more knowledge I know
What to sing, what to bring, wha-
I get deep, I get deep, I get deep, I get
Deeper, deeper, deeper, into the vibe, what ha

[Verse 1]
Chillin’ in the corner at the shelter all by myself
クラブ・シェルターの片隅で、オレはひとり静かに佇んでいる 

Checkin’ it out, I’m not dancin’ no more
周りを見渡しながら、オレはもう踊っちゃいない 

But why? Why? Why? What?
だが、なぜだ? なぜ踊らない? 何なんだ?

How on earth are you supposed to vibe around the fake ones
一体全体、こんなフェイクな連中に囲まれて、どうやってバイブスを感じろって言うんだ?

The ones, the ones that say they know what is what
自分が本物を分かっているようなツラをしている、ヤツらのことだ

But they don’t know what is what
でも、ヤツらは本質をわかってない

They just strut, What the fuck? What?
お前らはただスカして歩き回ってるだけだ、ふざけんじゃねえよクソ野郎ども、何なんだよ(にわかクラバーに対する揶揄、Fatboy Slimはこの部分をサンプリング※1)

[Verse 2]
I get deep, I get deep, I get deep
I get deep, I get deeper into this thing


And I pretend that they’re not there
オレは、フェイクなヤツらが最初から存在しないようにふるまう

I just stare
オレはただ、じっと見つめるんだ 

Up in the booth at the dread man spinnin’ the song spinnin’ it strong
DJブースの上で、あのドレッドヘアの男(ティミー)が激しく曲をスピンしているのを

Playing things like “When can our house begin?”
「When can our house begin?(※2:当時ローランドが作曲した名曲、Your LoveをOur Houseに変更して話している)」みたいな曲をプレイしてるのを

That’s my shit, what? Woo!
コレだよ、おい、サイコー!

[Verse 3]
I get deep, I get deep, I get deep,I get deeper

when people start to disappear, and it’s about 6 o’clock
朝の6時ごろ、フロアから人(にわか客たち)消え始めるとき 

Woo, I’m feelin’ hot, take off my sweater and my pants
体が熱くなっていく。セーターを脱ぎ捨て、上着も脱ぎ散らかして

And I start to dance and all the sweat just goes down my face
そしてオレは踊り始める、額の汗がしたたり落ちる

And I pretend that there’s nobody there but me in this place
まるで、この広い空間にオレひとりしかいないかのように、踊り狂う

I get deep, yo, I get deep, What? Woo!
I get deep, I get deep, I get deep, I get deep

when he takes all the bass out the song and all you hear is highs
DJは曲のベースをすべて消し去る、聴こえるのはハイだけ

And it’s like “Oh, shit!” Ah, I get deep
マジかよ!?サイコー!

[Verse 4]
I get deep, I get deep, I get deep, I get deep and

The rhythm flows through my blood like alcohol
リズムが、アルコールのようにオレの血に流れ込む

And I get drunk and I’m fallin’ all over the place
酔っぱらって、あちこちに倒れ込みそうになる

But I catch myself, right on time, right in line with the beat
でもビートの溝に重なる瞬間、ジャストのタイミングでオレはグッと体勢を持ち直す 

And it’s so sweet, sweet, sweet, sweet
I get deep, I get deep, I get deep

Why, if house music was air, then Dr. Love would be my song
もしハウス・ミュージックが空気なら、ドクターラブ(※3:First Choiceの名曲)はオレのテーマ曲だ

and I would only take deep breaths
深く息を吸い込むだけで
And fill my lungs with the rhythm, with the bass

オレの肺はリズムとベースで満たされる
I get deep, I get deep

[Verse 5]
Now it’s about 3 A.M. and I see people doin’ pliés, spinnin’, jumpin’ and grindin’
3時ごろ、みんなプリエ(バレエ用語)したりスピンしたり飛び跳ねながら、踊り狂ってる

As if they had wings on their feet
まるで足に羽根が映えたみたいに

Raising both hands in the air
両手を挙げる

As if Jesus was a DJ himself spinnin’ those funky, funky, funky house beats
このファンキーなハウスのビートをかけるDJが、まるで神様であるかのように

And in this temple we all pray in unity for the same things
みんながひとつの塊となって同じ祈りを捧げる、神聖な寺院のように

Rhythmatic pause without cause
予期せぬ瞬間に、リズムがピタッと止まる

Bass from those high definition speakers, sittin’ in the corner on each side of the room
フロアの両サイドにある、高品質スピーカーから

Givin’ us the boom, boom, boom to our zoom, zoom, zoom
ブンブンしたベースの重低音が、ズンズンと心臓と肉体に突き刺さる

The smell of air lit while walkin’ by
すれ違いざまに漂う、あの火照った空気の匂い

[Verse 6]
But the music gets me high
でも音楽はオレをハイにする

Sanctified like an old lady in church
日曜日の教会で祈りを捧げる老女のように、オレの魂は清められていく

We get happy, We stomp our feet, We clap our hands
オレたちは歓喜し、激しく足を踏み鳴らし、手をたたく

We shout, we cry, we dance, and we say “Sweet Lord, speak to me!”
泣き叫び、踊り狂い「愛おしき主よ、我に与えたまえ!」と懇願する

Speak to me, speak to me, speak to me
語りかけてくれ、オレたちに

Because we love house music
なぜならオレたちは、ハウス・ミュージックを愛しているから

And on this night it brings us together like a family reunion every week
家族が毎週集うように、ハウスは今夜オレたちをひとつに結び付ける

We eat, we drink, we laugh, we play, we stink
オレたちは食べ、飲み、笑い、そして汗まみれになって強烈な熱気を放ち合う 

So for all you hip-hoppers, you doo-woppers, name droppers, you pill-poppers
ヒップホップヘッズも、ディスコ好きも、業界人気取りも、クスリ中毒のヤツらも関係ない

Come into our house
オレたちの「ハウス(家/音楽)」に集え

To get deep
本物(ディープ)になるために

What?
何だって?

To get deep
本物(ディープ)になるために

※1:Fatboy Slim – Star 69(2001)

Fatboy Slim「Star 69」(2001/Skint)

※2:Kimara Lovelace – When Can Our Love Begin(Timmy Regisford Shelter Anthem)(1998)Written-By, Producer – Roland Clark

Kimara Lovelace「When Can Our Love Begin(Timmy Regisford Shelter Anthem)」(1998/King Street Records)

※3:Smokin Beats – Dr. Love(Smokin Beats Club Mix)(1999)

Smokin Beats – Dr. Love(Smokin Beats Club Mix)(1999)
※First Choice「Dr.Love」のRemixで、当時流行っていたUKGバージョン

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次