ベルグハインからリキッドルームまで、世界各地にある著名クラブのダンスフロアに捧げられた曲を、Resident Advisorが特集した「The Best Club Songs Named After Clubs」。その中でハウスに関係する曲を紹介します。
伝説のクラブに捧げられた曲
Paradise Garage(NYC)
Tim Curry – Paradise Garage(1979)
ティム・カリーはすでに映画『ロッキー・ホラー・ショー』でカルト的存在だったが、それでもNYの伝説的なクラブで入店を拒否されるという苦い経験をした。この曲では、ラリー・レヴァンの聖なるDJブースの魅力と猥雑さを、部外者の視点から捉えている(最終的には賄賂を使って入店する)。
パラダイス・ガラージに入れなかった悔しさから、この曲を作ったということのようです。リリックを確認したところ、ブルース・ブラザースとスモーキー・ロビンソンとルー・リードをマッシュアップして吉幾三さんが歌ったようなコミックソングでした。何ですかこのおバカな歌詞は。おもしろすぎる。
もしかしてビデオも、ガラージに入れなかったので、車庫(ガラージ)でディスコしてみた、ということでしょうか…。
もちろんラリーはこの曲をプレイしていません。ハウスと全然関係ないけど笑える迷曲。
The Saint(NYC)
Frankie Goes To Hollywood – Welcome to the Pleasuredome(1984)
マンハッタンのゲイシーンを象徴する3階建ての、ザ・セイントの天上のドームの下で定期的に流れるバッカス的な饗宴。バンドメンバーがザ・セイントを訪れたかどうかは、もはや定かではなく、ある意味どうでもいい。
このミッドテンポのUK産シンセポップが、プラネタリウムのようなドーム屋根の会員制ゲイクラブ「セイント」でかかりまくっていたそうです。またこのバンドメンバーのひとりが、ゲイであることをカミングアウトした最初のポップスターの一人だったので、この曲はセイントのアンセムとなった、とのこと。

Club Zanzibar(New Jersey)
Lil Louis & The World – Nyce & Slo(Zanzibar Mix)(1990)
シカゴのLil Louis(リル・ルイス)が、ニュージャージーのTony Humphries(トニー・ハンフリーズ)を招いて作った、シカゴmeetsジャージーのエポックメイキングなトラック。Joe Smooth(ジョー・スムース)が参加していますが、ピアノやキーボードではなくプログラミングでのクレジット。
リル・ルイスは一昨年、DJ活動50周年でワールドツアー、今年も世界中でDJの予定が決まっています。トニーは今年35周年を迎えるMinistryに出演中。
Space Lab Yellow(東京)
Nuyorican Soul – The Nervous Track(Yellow Mix)(1993)
MAWによるYellowトリビュートのMix。今聴いても鳥肌モノ。
Yellowの土曜「World Connection」でNick JonesやMAW、ケヴォーキアンを見たという方は多いと思います。有名DJがひんぱんに来日していた時代、「来月は誰が来るんだろう?」と思いながら、大判を折りたたんだ「Yellow Mag」というスケジュールをチェックするのが毎月楽しみでした。
The Sound Factory(NYC)
Ron Trent & Chez Damier – Morning Factory(1994)
1994年、シカゴのロン・トレントとシェ・ダミエは、このハウスミュージックの黄金時代を象徴するチェルシーのクラブのダンスフロアで一晩を過ごした後、インスピレーションを受けてスタジオに直行し、この場所への賛歌を作曲した。
Pitchfolkのベスト30にも入っていました。この時期、Sound FactoryはフランキーからJunior Vasquez(ジュニア・ヴァスケス)に替わっていて、彼らはジュニアを聴いてこの曲を作っています。
フランキーはSound Factory Barに移動したのですが、場所がSFから遠く、規模が全然違う別の箱。元レストランバーで、1階がバー、地下がダンスフロア、Steve Dashが音響担当。水曜がUNでLouis Vega(ルイ・ヴェガ)、フランキーは金曜でした。
The Warehouse(Chicago)
Armando – Welcome II The Warehouse(1995)
ArmandoことArmando Gallop(アルマンド・ギャロップ)によるWarehouseトリビュート・トラック。サンプリング元は1974年、First Choice「The Player」。当時流行りのリコンストラクティングものの一種と考えれば合点がいきますが、音は悪いしブレイクの位置とか構成もヘンで、いまいちパッとしません。たぶんフランキーはこんな曲、キライです。
アルマンドさんはこの曲をリリースした1年後、若干26歳で亡くなってしまい、曲自体が伝説と化したそうです。
Café Del Mar(Ibiza)
Energy 52 – Café Del Mar(Three ‘n One Remix)(1997)
45年以上前、カタルーニャの建築家リュイス・グエルは、息を呑むような夕日が見られるイビザ島の西海岸に、白い石造りのバー兼レストランを設計した。この建物の青と白のストライプのオーニングは、島で最も有名な景観のひとつ。彼らは90年代初頭にこの地を訪れ、後に楽園を称えるトラックを手掛けることになる。
オリジナルは’93年リリース。Café Del Marといえばラウンジ・ミュージックの代名詞ですが、ヨーロッパ人にとっては90年代イビサ=トランスのようです。昨年もDJ Kid Paul Mixがヒットし、いまだに人気のある曲。

Music Box(Chicago)
Mystic Bill – Late Night at the Music Box(1997)
Ron Hardy(ロン・ハーディ)の革新的なDJスタイルで知られる伝説的なシカゴのクラブMusic Boxは、この曲がリリースされた時点で、すでに10年以上前に閉鎖されていた。このサイケデリックなトラックは次世代のアーティストたちが、そのヴァイブを受け継ぎ、さらに磨き上げていく姿を示している。
CajmereのReliefよりリリース。こんなにオシャレになってしまったらロン・ハーディはかけなさそうです。シカゴハウス第二世代らしい、地味にトリッピーなインスト・トラック。
このMystic BillことWilliam Torres(ウィル・トレス)さん、初リリースはTRAX、今も12inchで新譜を出していて、Panorama Barに出演しているリアル・リヴィング・レジェンド。
Twilo(NYC)
Breeder – Twilo Thunder(Stoked Up Mix)(1999)
ハードなプログレッシヴ・ハウス。土曜のジュニアではなく、毎月最終金曜のSasha & Digweedのアンセム。このふたり、イギリス在住。
ロンドンとNYを往復すると、DJしている時間よりも飛行機に乗っている時間の方が長くなるのですが、この時期はConcorde(コンコルド)がヒースローからJFKまで飛んでいて、片道3.5時間だったそうです。はやっ!ジェットセットDJよりも倍速のコンコルドセットDJとは驚き。ちなみにお値段片道1万~1.5万ドル。Sasha & Digweedはこれに毎月乗っていたということです。一体全体どういう金銭感覚なのでしょう。
Groovejet(Miami)
Spiller & Sophie Ellis-Bextor – Groovejet(If This Ain’t Love)(2000)
Spiller(スピラー)は1999年のMiami Winter Music Conferenceへ出発する数時間前、時間つぶしにCarol Williamsをサンプリングし始めた。到着後、彼はそのビートを友人のBoris Dlugosch(ボリス・ドゥルゴシュ)に聴かせたところ、ドゥルゴシュはマイアミのサウスビーチにある広々としたクラブ、Groovejet(グルーヴジェット)でその夜試してみることにした。その後のことは周知の通り。ちょっとした時間つぶしにしては悪くない結果だ。
WMCでかかればヒットするというジンクスめいた神話のひとつ。WMCがUltraに買収される前の牧歌的な時代のお話です。業界人だけのパーティが今や巨大フェスに様変わりしましたが、今でもフェス会場から少し離れたホテルやカフェでプールサイド・パーティは継続しています。先週終わったばかりなので、また来年。
Boris DlugoschはMoloko「Sing It Back」Remixや「Keep Pushin’」がヒットしたドイツ人プロデューサー。

Precious Hall(札幌)
Kuniyuki – Precious Hall(2002)
Joe Claussell(ジョー・クラウゼル)のSpiritual Life Musicのサブレーベル、Natural ResourceからリリースされたKuniyuki Takahashi(高橋邦之)さんによるディープハウス。1993年オープン、2016年に移転し、今でも営業を続ける札幌の名店Precious Hallに捧げたトラック。
日本で一番古くからやっているクラブは’90年スタートの京都METROさん。プレシャスさんもメトロさんもBerghainより長いという脅威のロングラン、メトロさんに至ってはMinistryよりも長いです。そんなクラブは世界で数軒しか存在しません。
Liquid Room(東京)
DJ Mastra – Liquid Room(2005)
歌舞伎町のビル7階にあった新宿時代が懐かしいLiquid Room。ベルン出身のスイス人テクノDJプロデューサーDJ MastraことStefan Willenegger(ステファン・ヴィレネッガー)さんによるトリビュート・トラック。この曲が出た数か月後に恵比寿へ移転しています。
リキッドさんも1994年創業という老舗。1996年発売のJeff Mills(ジェフ・ミルズ)によるMix CD『Live at the Liquid Room – Tokyo』により、世界中に名前が知れ渡り、特にテクノアーティストの間で有名だったとのこと。
Bossa Nova Civic Club(NYC)
DJ SWISHA – Goes 2 Bossa Once VIP(2019)
このトラックは、2つのバージョンで完璧にクラブの雰囲気を捉えている。オリジナルは、バーエリアの座席に合わせたジャジーなハウス、VIPは、クラシックなイーストコーストのキックパターンでダンスフロアの熱狂を映し出している。ブルックリンのナイトライフにおける真の宝石への、素晴らしい賛辞。
DJ SWISHAことSwisha Lyles(スウィシャ・ライレス)さんによるJuke House。90年代にシカゴで生まれた「ゲットー・ハウス」の進化版で150~160BPMの高速で踊るダンスおよび曲がJuke(ジューク)やFootwork(フットワーク)と呼ばれているそうです。この曲は130ぐらいで、ハウスとジュークの中間。
随分複雑なキックとスネアの組み合わせ、これをクラシックと呼ぶライターさんの意図が不明です。2026年はジュークもゲットー・ハウスもリバイバルの兆しアリ。
Lux Frágil(Lisbon)
Kerri Chandler – See The Light(Lux Frágil)(2020)
クラブ「ルクス・フラジル」の暗く子宮のような空間からふらふらと出てきて、ポルトガルの灼熱の太陽に目がくらむ感覚と「See The Light」の、巧みなダブル・ミーニング。2022年に世界各地を巡ったアルバム『Spaces And Places』のためにライブ録音された「See The Light」は、愛するリスボンのスポットへのラブレター。
Kerri Chandler(ケリー・チャンドラー)2022年のアルバム『Spaces and Places』は、4年間かけて世界各国24カ所のクラブを廻り、その場で作曲・録音した24トラックを収録。お客さんがいない空っぽのクラブのフロアに仮説スタジオをつくり、その雰囲気や音響にあわせて曲を作っていったもの。
メロディーを作り始める前に、クラブの音響エンジニアと相談し、それぞれのスピーカーに最適なキックドラムの周波数を特定したそうで、24曲、キックを聴き比べてみると楽しいかもしれません。

このリスボン・ウォーターフロントにあるLux Frágil(ルクス・フラジル)は、1982年創業でバイロアルトにあったバーFrágilが前身。1998年に移転しクラブとなっています。映画の撮影に来てリスボンを気に入ったJohn Malkovich(ジョン・マルコヴィッチ)が共同経営者として名を連ねており、今でも時々遊びに来るんだとか。
Berghain(Berlin?)
Rosalía, Björk & Yves Tumor – Berghain(2025)
RA編集者はコレを聴いてこの企画を思いついたとのこと。ベルリンのクラブをリスペクトするテクノプロデューサーたちが続々とブートMixを公開するなか、ロザリアちゃん本人が「クラブのベルグハインとは関係ありません」ときっぱり否定。Berghainはドイツ語の「Berg(山)」と「Hain(森)」で、内面的な精神風景の比喩として使っているそうです。
テリヤキとかパピーとか能天気に歌っていた子が突如ビョークになりたいとは、一体何が起こったのか、ファンの間で物議を醸した「べルグハイン」でしたが、Brit Awards 2026でインターナショナル・アーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。パフォーマンスも大盛況で、テリヤキ娘は無事に芸術的アーティストの仲間入り。先月オフィシャルのテクノRemixがリリース、ブートMixも増え続け、ベルリンのクラブと関係ないのに関係あるような後付けコンテクストを演出中。
以上です。日本のクラブが3つも出ていました。Goldがなかったですが、行っていた方はそれぞれマイ・アンセムがあることでしょう。外国人がうらやむぐらい日本のクラブはレベルが高いということで、全国各地のクラブのみなさま、末永く続けてください。
以下本編、世界各国のクラブ+曲が紹介されています。

※Mad Professorの「Studio 54」というトラックが紹介されていますが、これはマッドのスタジオがサウスロンドンに移転した際の番地から来ていて、マンハッタンのディスコと全く関係ありません。RAの間違いです。

