Deep Dish(ディープ・ディッシュ)
ディープハウスはNYの専売特許でしょうか。それともシカゴの方がよりディープでしょうか。90年代半ば、NYでもシカゴでもないディープハウスが、ワシントンD.C.から登場します。イラン系アメリカ人という、思いもよらないルーツを持つ2人組、Deep Dish(ディープ・ディッシュ)。
ディープからハードへの移行期、ディープ・ディッシュは、どちらとも取れるバランスを保ちつつ、固く尖った独特の質感を持つトラックを発表してきました。2006年の解散後、現在また活動を再開している2人の軌跡を追います。
1991年、ワシントン D.C.の、とあるパーティで設営を担当していた、ペルシャ系青年2人が偶然出会います。イラン系アメリカ人の、Ali “Dubfire” Shirazinia(アリ・ダブファイヤー・シラジニア)と、Sharam Tayebi(サラーム・タイェビ)。
意気投合した2人はハウスミュージックのトラックを制作開始。同時に自らのユニット名を「Deep Dish(ディープ・ディッシュ)」とし、Deep Dish Recordsを設立します。
アリはイラン生まれ、7歳でアメリカに移住。幼少期からバンドでギターを弾き、Ministry(ミニストリー)やNitzer Ebb(ニッツァー・エブ)など、ポストパンクやインダストリアル系の音楽を聴いていたといいます。
サラームもイラン生まれ、14歳でアメリカに移住します。革命後のイランでは西洋音楽が禁止されていたため、自分の聴きたい音楽を聴くことが難しく、移住後はNew Order(ニュー・オーダー)、Depeche Mode(デぺッシュ・モード)など80年代のエレクトロ・ポップに傾倒していったといいます。
’92年、Deep Dish Recordsの1st.リリース、Moods名義で「A Feeling(Deep Feeling)」を発表。Tribal Recordsのコンピレーション「Penetrate Deeper」にこの曲を提供します。これがDanny Tenaglia(ダニー・テナグリア)の目にとまります。
Moods – A Feeling(Deep Feeling)
ダニーの紹介により’94年、Quench名義「High Frequency / After Hours」Prana名義「The Dream」をTribal Recordよりリリース。どちらも控えめなインストのトラックで、一定の評価を受けます。
またDeep Dish Rec.の子会社として「Yoshitoshi Record」をスタート、D.C.を中心とした新人アーティスト発掘の場として、コンピレーションをリリースしはじめます。
’94年、ディープ・ディッシュの2人に、突然、飛躍の年がやってきます。
Deep Dish RecordsからリリースしたChocolate City(チョコレート・シティ)名義の「Love Song」。太いベースにタイトなハイハット、エレクトリックなシンセの細かいリフがスネアのように飛び跳ね、ジャジーなトランペットが吹き荒れるこのドラマティックなトラックが、フロアを席巻します。
またこの「Love Song」はTribal Recordのイギリス進出、Tribal United Kingdomレーベルの1st.リリースとして、X-Press2のAshley Beedle(アシュレー・ビードル)のMixで発売され、ヨーロッパでもディープ・ディッシュの名が一気に知れ渡ります。
Deep Dish(Chocolate City)- Love Song ※こちらはアルバムに再収録されたLong Ver.
’95年、NJの4人組ハウスミュージック・バンドDe’Lacy(デレイシー)による、Blazeプロデュース曲「Hideaway」のMixを担当。UKのEasy Streetからリリースされ、ディープ・ディッシュMixがイギリス、イタリア、アメリカでダンスチャート入りします。
De ‘Lacy – Hideaway(Deep Dish Mix)
同’95年、自らが運営する「Yoshitoshi Recordings」からリリースの、ワシントン D.C.出身の2人組Alcatraz「Give Me Luv」も大ヒットします。こちらはハードハウスのアンセムとして大箱で重用されました。
Alcatraz – Give Me Luv
その後、シングル数枚をリリース。「Stay Gold」「Stranded」が好評を博します。
’98年に既存曲と新曲をあわせたアルバム『Junk Science』をリリース。この中から、Everything But The Girl(エヴリシング・バット・ザ・ガール)と共作の「The Future of the Future(Stay Gold)」がヒット。
Deep Dish feat Everything But The Girl – The Future of the Future(Stay Gold)
2002年、Dido(ダイド)「Thank You」のRemixワークにて、第44回グラミー賞のBest Remixed Recording(Non-Classical)を受賞。
Dido – Thank You(Deep Dish Remix)
2004年、映画『Flashdance』のサントラに収録されているShandi Sinnamon(シャンディ・シナモン)の「He’s a Dream」をカヴァーし、ヴォーカルにAnousheh Khalili(アニューシャ・ハリーリ)を起用した「Flashdance」がヒット。イギリスにてシングルチャート3位を記録します。
Deep Dish – Flashdance
2005年、2ndアルバム『George Is On』制作時に2人は仲違いし、翌年ソロ活動に専念するとしてディープ・ディッシュを解散します。
2014年に「Quincy」という1曲だけをディープ・ディッシュ名義でリリースしたものの、その後はまた解散状態が続きます。
実際にディープ・ディッシュがディープハウスと呼べたのは1998年の1st.アルバムまでで、そこからはよりハードな方向へ変わっていき、解散後は各自ソロとして、トランスやテクノのトラックをプロデュースしていました。
ディープ・ディッシュとしてのリリース量は少ないものの、彼らの功績として「Yoshitoshi Recordings」も見逃せません。ディープ・ディッシュのサイドプロジェクトとしてスタートしたこのレーベルは、はじめは若いレコーディングアーティストやプロデューサーを紹介するショーケースのコンピレーションを、シリーズとしてリリース。
今では世界中の良質なトラックが集うレーベルとして、ハウスミュージックのクリエイターを中心に、Brother Brown、Morel、Miguel Migs、Kings Of Tomorrowといった錚々たるアーティストへ楽曲発表の機会を提供。1994年の設立時から2025年までに、合計400枚以上をリリースしています。
そして長らく解散・ソロ活動していた2人ですが、2024年から、ディープ・ディッシュ名義での活動を再開。ハウスDJデュオとして、ロンドンでの再結成公演2DAYSソールドアウトを皮切りに、世界中のクラブやイベントでDJを披露。
2025年には、11年の時を経て、新譜を発表。5月「Midnight」7月「Dreaming」10月「Fire」と立て続けに3枚リリース。
すべてヴォーカルを起用したプログレッシブ・ハウス、もしくはメロディック・ハウス/テクノといった、ヨーロッパのEDMシーンを意識したハードなサウンドになっています。
Deep Dish – Fire(Deep Mix)(2025/Armada Music)
ディープ・ディッシュのトラックが古典的なディープハウスと違うのは、他のハウスDJたちと、育った環境も、影響を受けてきた音楽も、大きく異なることが関係していると思われます。
2人のまったく違う音楽の趣味、ノイズ×エレクトロポップ=ハウスミュージック。成り立たないはずの公式が、なぜかある瞬間だけ、化学反応を起こして結合した。短い活動期間を考えれば、そう表現した方が適切かもしれません。
でもこの2025年も、2人が世界中でDJプレイをし、またハウスのトラックをリリースしているのを見れば、まだその化学反応が続いているかもしれないと、そしていつかまた、彼らからディープな「Love Song」が届くかもしれないと期待してしまうのは、あながち考えすぎではないでしょう。
Deep Dishのおすすめ曲
Deep Dish Presents Prana – The Dream
Watergate (Deep Dish) – Lonely Winter(Dubfire’s Luv Dub)
Deep Dish – Where Is The Hat
Dajae – Day By Day (Deep Dish At The 18th Street Lounge)
Ashley Beedle – Jumpin At The Factory Bar(Deep Dish Jumpin’ At The Bar Parts1&2)

