Minimal(ミニマル)
ダンスミュージックが好きな人は、ミニマルテクノやミニマルハウスという言葉を一度は聞いたことがあると思います。
おすすめのアーティスト、トラックは山ほどあり、ミニマルは深すぎる世界のため、ご紹介出来るのは本当にごくごく一部ですが、ダンスミュージックにおいてミニマルとは何なのか、変遷を辿ってみたいと思います。
ミニマルミュージックとは?
ミニマルという音楽様式、その起源は1960年代に生まれたミニマルミュージックまでさかのぼります。
1960年代のアメリカで、アートや音楽、建築、哲学、生活様式など、芸術分野を中心にミニマリズムという思想が拡がりました。「minimal(最小限) + ism(主義)」という組み合わせの造語であり、装飾的な要素を切り詰め、必要最小限で構成する手法や、その結果生まれた様式です。
ミニマルミュージックは、ミニマリズムの思想がクラシック現代音楽の中に取り込まれた音楽でした。
一言で言えば「反復音楽」ということですが、音の動きを最小限に抑え、パターン化した音型を、拡大、縮小、反転、リバース、シフト、ポリリズムなど様々な手法を用いて反復していく音楽のことです。
Steve Reich(スティーブ・ライヒ)、La Monte Young(ラ・モンテ・ヤング)、Terry Riley(テディー・ライリー)、Philip Glass(フィリップ・グラス)など、アメリカの音楽家が中心となり発展しました。
Steve Reich – Music for 18 Musicians
Minimal Techno(ミニマルテクノ)
厳密にいえば、ミニマルテクノは60年代のミニマルミュージックが発展し、生まれたものではありません。デトロイトテクノが生まれ、テクノという音楽が細分化する中で発展した音楽です。内在的にはミニマルミュージックの影響を受けているかもしれませんが、直接的な関係はありません。
80年代にJuan Atkins、Derrick May、Kevin Saundersonの3人によってデトロイトテクノが生まれ、90年代に入るとデトロイトテクノに影響を受けた第2世代のアーティストが続々と現れました。その中にはCarl Craig、Kenny Larkin、Octave OneといったDerrick May直系のアーティストや、Mike Banks、Jeff Mills、Robert HoodなどURのメンバー、そしてDaniel Bell、Richie Hawtinなどがいました。
90年代のテクノミュージックが発展して行く過程で、ハードテクノやミニマルテクノ、ハードミニマル、アシッドテクノなどが生まれたのです。
UR(Underground Resistance)脱退後のJeff MillsとRobert Hoodは、テクノの中にミニマルの要素を導入し、ミニマルテクノのプロトタイプとなるトラックをリリースし始めました。デトロイトテクノにあった電子音楽の中に存在する有機的なフィーリングは抑えられ、少ない音数で反復するスタイルが流行していきます。
H&M (Robert Hood & Jeff Mills) – Sleepchamber
Derrick Mayがレジデントを務めていたデトロイトのクラブMusic InstituteにはDaniel BellやRichie Hawtinも通っていました。テクノ遺伝子を引き継いだ彼らは、後にDaniel Bellが「Accelerate」「7th City」、Richie Hawtinが「Plus 8」「Minus」というレーベルを運営し、よりタイトに洗練されたミニマルテクノを推し進めシーンを牽引していきました。Richie Hawtinは現在においてもミニマル界のスーパースターとして君臨しています。
この時代では、Regis、Surgeon、James Ruskin、The Adventなどがミニマルテクノアーティストとして確固たる地位を築いていきました。
DBX (Daniel Bell) – Losing Control
Richie Hawtin – DE9 | Closer To The Edit
ミニマルの拡大
時代の流れと共に、ミニマルテクノは多様な変化が起こりました。
Dub Techno(ダブテクノ)
1993年に、ベルリンを拠点に活動するMoritz von OswaldとMark ErnestusによってBasic Channelを結成。ミニマルテクノにダブの手法を取り入れたダブテクノを創出し、現在までに音楽的フォロワーを多数生み出しました。Minimal Dub(ミニマルダブ)と呼ばれることもあります。
Dub Technoの特徴として、フィルターやEQを使って削ぎ落とした音に、深いリバーブやディレイなどで独特の処理が施されています。
Basic Channel – Quadrant Dub I
Maurizio – Untitled ( M4 )
Rhythm & Sound w/ Tikiman – Never Tell You
DeepChord – Electromagnetic Dowsing (Step 1)
Deadbeat – Organ In The Attic Sings The Blues
Monolake – Plumbicon
Sven Weisemann – Kiss of Abana
Pole – Raum 1
Microhouse (マイクロハウス )
90年代後半になるとエレクトロニカ / IDMの影響も生じて、音を極限まで短くカットし、細かくサンプリング、エディットされたMicrohouseが誕生しました。
Twerk、Luomo、Jan Jelinekなどのアーティストが早い段階から活躍していましたが、中でもAkufenのアルバム「My Way」はラジオからサンプリングした音をエディットして制作された作品が話題となりました。
Akufen – Deck The House
Luomo – Class
.SND – 1 (Tender)
Twerk – Ccs Pressure
Murcof – Memoria (Sutekh’s Trisagion Mix)
Jan Jelinek – Tendency
Click House(クリックハウス)
2000年代初頭〜中盤にかけて、Microhouseは、よりクリック感の強い、パーカッシブで、フロアを意識した機能的なスタイルに変化していきます。日本ではクリックハウスと呼ばれていましたが、海外ではMicrohouseやMinimal Technoの括りだったようです。この時期は多くのミニマル系アーティストがクリックハウスを制作していました。
SLG – Caffeine
Audio Werner – Onandon
Ryan Crosson – Airborne
Robag Wruhme – K.T.B. (Wighnomy’s Against Moplakk Terror Remix)
Easy changes – Magic Tunes
Minimal House(ミニマルハウス)
時代の流れとともにテクノとハウスの融合が起こりますが、例に漏れずミニマルシーンにもハウスの要素が入ったミニマルが生まれます。上記のマイクロハウス/クリックハウスともクロスオーバーしていますが、90年代から活躍するZIP、Markus Nikolai、Ricardo Villalobos、Luciano、Matthew Herbertなどがシーンの中核としてカリスマ的人気を博していました。
Markus Nikolai – Passion
Ricardo Villalobos – Easy Lee
Luciano – Masalla
Matthew Herbert – Suddenly
Loco Dice – Paradiso
Romanian minimal(ルーマニアンミニマル)
2007年にRhadoo、Petre Inspirescu、Rareshの3人が運営するレーベル[a:rpia:r]を設立。アンダーグラウンドシーンで特異な存在として、徐々に頭角を現し、ルーマニアのミニマルシーンはルーマニアンミニマルと呼ばれるほどの影響力を持つことになりました。
Rhadoo – Bau
Livio & Roby – Kalimera
Priku – Mini Clip
Arapu – Mdmamazing
Ada Kaleh – Chemare Cosmică
ミニマルの音の傾向
- 反復しながら少しずつ変化していく
- 柔らかい音質が多い
- 倍音成分の多いギラギラとした派手な音の使用は少ない
- 空間を感じさせる音像
- リズムが主役
- 音のリリースが短い
- コード進行は控えめ
- モーダルな音階や無調の作品もある
現代におけるミニマル感
ミニマルから多様な種類が生まれましたが、現代においてはミニマルダブ、クリックハウス、マイクロハウスなどという呼称はあまり使われなくなり、ミニマルテクノもミニマルハウスも全て含めて「ミニマル」と分類されるようになっています。
これはジャンル名自体がその時代のトレンドを意味することも多く、トレンドが変われば使われなくなるというマーケティング的な側面もあります。しかし、本質的にはジャンルの境界線が曖昧になって来ていること、DJが持つミニマル感覚によって分け隔てなくDJプレイされ、違和感なく混ざるため、もはや細かい分類は必要ないからと考えられます。